この記事の所要時間: 341

La Paz, Bolivia

 

※本インタビューは、全体の2分の1くらいのダイジェスト版です。
フルバージョンは2013年4月28日発売の『未来回路5.0』に掲載予定。

 

―― 今まで105カ国を巡ってきたそうですが、旅を始めたきっかけみたいなものって何かありましたか?

 随分と子どもの頃に戻ってしまうんですけれども、僕の場合は幼稚園の頃くらいから始まっていますね。もちろん、その頃は海外旅行じゃないんですけれども。電車に乗るのが好きだったんですよ。だから小学生の頃には、週末にあちらこちらに電車で行ってましたね。部活で野球をやっていたこともあって、そんなに沢山は行けなかったんですけれども。
 それが自分が成長していくに連れて、移動の幅が広くなってきただけという感じです。基本的に、あまり旅行で国内と海外っていう区別はありませんね。好奇心で旅行する範囲がだんだん広がっていった感じです。

 

Brazil, Olinda―― 今まで行かれた国々の中で、印象深い場所や出来事ってありましたか?

 やはり、南米ですね。はじめて行った時に「こんな楽しいところがあるんだ!」と思いました。
 遺跡とかそういうところも楽しいんですけれども、向こうに住んでいる人たち自体が楽しい。ただ普通に道を散歩しているだけでも楽しいんですね。「世界で一番幸せそうな大陸だな」って。南米での日々は、とてもテンションの高い毎日で。それもあって、雑貨屋さんも南米から始めたし、今でも南米にはよく行くんですね。
 そして、その中でも一番好きなのは、サルバドールのカーニバルなんです。そのカーニバルには僕たち外国人も参加できてしまうんですね。日本人宿の人がみんなで太鼓の練習をして、そのまま本番にも出たりしていました。もうそのカーニバルには4回行っています。最初、人から面白いと聞いて1回行ってみたんですけれども、その後、繰り返し行くようになりましたね。

 

―― 結構、大きな規模で旅人のオフ会を主催されていますよね。参加者が毎月100人くらいとか。そういう集まりを始めた経緯って何ですか?

 最初に始めたきっかけは、旅行の話をする相手がいないってことだったんですよ。学生時代の友達とかに旅の話をしても、基本的に一方通行になるし。それはそれで楽しく聞いてもらえる人もいるんですけれども、キャッチボールがないってことでちょっと物足りなかったんですよね。
 僕が始めたのが5年くらい前になるんですけれども、その頃、とある国際交流会に行ってみたんです。でも、あまり面白くなくて。それで、「これだったら俺、出来るな」って思って実際に始めてみたって感じですね。

 最初の頃の人数は小規模だったんですよ。例えば、トルコ料理屋さんに行ったりペルシャ料理屋さんに行ったりを20人くらいでやっていました。それが少しずつ参加者の方が増えてきて。今はもう100人くらいの参加者の規模になっているので、毎回店を変えるわけにもいかず、新大久保の特定のお店に固定してやっていますね。

 

―― 旅行にとってインターネットの存在って大きくなってきましたよね。例えば、20年とか30年前とかでは、現地の情報は現地じゃないと手に入れることが出来ないような状況だった。それが今は日本にいる状態で現地のほぼリアルタイムの情報を仕入れることが出来るようになっています。

Piazza Erbe wired そういう変化には驚きますね。この前、南米に行ってきて実感したんですけれども、情報ノートの文化がもうほとんど廃れているんですよね。情報ノートがあったとしても内容はほとんどなくて。wifiがもう何処でも飛んでいるようなご時世なので、ブログなどで事足りちゃうんでしょうね。

 ただ、オフ会っていうのは、ブログだけでは分からない部分の補足的な意味合いもあります。実際会って、話した方が細かい情報が得られるし。旅についての情報共有は、ネットと実際に会って話をすることのふたつで成立しているような気がします。

(了)

 

【二宮信平(にのみや・しんぺい)】
世界105カ国を歩いた旅人。
大学生以降の人生をほとんど海外で過ごす。
月一で100人規模の海外旅行オフ会を主催。
エスニック&アジアン雑貨などを取り扱う「Copa-Cabana」代表。