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日本文化の論点 (ちくま新書)

いわゆるサブカルチャーと呼ばれる領域を主戦場としている評論家・宇野常寛さんによる、現在の日本文化における論点をまとめた新書だ。文化を論じながら、「〈社会と個人〉≒〈政治と文学〉」の問題へと発展していく内容となっている。そのことが論点が論点として機能する基盤でもあるだろう。

本書では、現在、日本社会が〈昼の世界〉と〈夜の世界〉に二分されている、という構図が提示されている。

〈昼の世界〉とは、戦後的社会システムやその代表的なものとしてのマスメディアなどの世界のことをいい、〈夜の世界〉とはポスト戦後的社会システムの萌芽としてのサブカルチャーやインターネットの世界のことを言い現している。

個人的に興味深かったのは、著者が〈昼の世界〉を〈夜の世界〉が内部から改革していくことに対して懐疑的であるということだ。

その懐疑の根拠のひとつとして、先の選挙を挙げ、その中で「リベラル」でかつ「構造改革」を志向する勢力が選択肢の中にさえいなかった、ということが指摘されている。

ここで重要なのは、「僕たちはあなたたちとは違う」という二項対立を提示するだけでなく、本書で登場する「あたらしいホワイトカラー層」を中心とした〈夜の世界〉のコミュニティの生成することが目指されている点だ。それが先程述べた「リベラル」で「構造改革」を志向する勢力を育てることに繋がっている。

この「あたらしいホワイトカラー層」とは何か。本書ではそれを、戦後的大企業文化を中心としたサラリーマンとは大きく異なるライフスタイルを持つホワイトカラー層であるとしている。具体的には、現在、経済的に好調なIT関連会社の社員などが挙げられている。

この「あたらしいホワイトカラー層」は先程の「昼と夜」の構図で言えば、後者、つまり〈夜の世界〉との親和性が高いという。さらに、サブカルチャーやインターネット文化は階級を無関連化するという性質を持っているため、この「あたらしいホワイトカラー層」をコアにしつつも、「郊外のブルーカラー層」へもコミュニティが拡大していく可能性をも示唆している。つまり、〈昼の世界〉の論理では交わらない層が、同じ文化資本やライフスタイルを共有することによって、〈夜の世界〉で1つの大きな層を形成する可能性があるのではないか、というのだ。

そして、ただコミュニティを作り、そこで対立を煽るだけには留まらない。パワーバランスでは〈夜の世界〉は〈昼の世界〉には圧倒的に負けるのだから、如何にして〈昼の世界〉の人たちに好かれ「推して」もらえるかを考えるのだ。ここでも、AKB48を巡る議論など一連のサブカルチャー批評の言説が活用されている。

これまでの二項対立を煽る社会運動などは、対立する集団を敵対する利害関係の相手として捉えている側面が強かった。けれどもそれでは、単純な押し合いへし合いになり、二者の溝も深まっていく可能性すらある。少なくとも現在、〈夜の世界〉の住人は〈昼の世界〉の住人に比べると圧倒的にマイノリティなのだ。その自覚の上での戦略の必要性が説かれている。

つまり、著者のサブカルチャー批評におけるその使用方法として、自分たち(〈夜の世界〉の住民)が如何にその中に潜む可能性を装備できるのかが重要なのだ、と言えるのではないだろうか。

例えば、津田大介さんなどの場合、基本設定として社会を二つに分けることをせず一元的に捉え、その中で新たに生まれたインターネットの可能性や重要性を説いていく。そのような方法によって、内部から社会を変えていくというスタイルなのだ。そのようなスタイルと比較すると、宇野さんのスタイルとは明確に違いがあるように見える。

もちろん、どちらが正解というものでもない。それはやはりそれぞれの論者のパーソナリティによるところが大きいのだろう。ただおそらくは、それぞれの自らの立脚する基盤自体は異なっている。

それは津田さんらのスタイルが基本的に活動拠点を「社会」の方に立脚しているのに対し、宇野さんは「個人」の方に立脚しているということである。

サブカルチャー批評が、コミュニティの生成装置であると同時に、その愛好者たちのための武器となる可能性があるということ。それが確認できたことが、私が本書を読んで得た糧のひとつであろう。

(了)

【中川康雄(なかがわ・やすお)】
文化批評。表象・メディア論、及びコミュニティ研究。
インディーズメディア「未来回路」主宰。
Twitter:insiderivers
個人ブログ:http://insiderivers.com