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色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年

「そのとき彼はようやくすべてを受け入れることができた。魂のいちばん底の部分で多崎つくるは理解した。人の心と人の心は調和だけで結び付いているのではない。それはむしろ傷と傷によって深く結びついているのだ。痛みと痛みによって、脆さと脆さによって繋がっているのだ。悲痛な叫びを含まない静けさはなく、血を地面に流さない赦しはなく、痛切な喪失を通り抜けない受容はない。それが真の調和の根底にあるものなのだ。」(p.307)

これまでの村上春樹さんの作品では「父になること」、つまり「成熟すること」がひとつのテーマだった。本書では、その先の課題へと踏み込んでいる。

物語は、主人公・多崎つくるが「調和の取れた共同体」である4人の仲良しグループから排除されずっと自殺を考えている、というところから始まる。そしてある時、恋人から、この「共同体からの排除」という出来事に向き合うように促されるのだ。

主人公の4人の友達、アカ、アオ、シロ、クロ。
この4人に1人ずつ会っていき、トラウマとなっている出来事の真相に向き合っていく。その中で、心の蓋、記憶の扉が開いていく。

その結果、分かってくることは、この「共同体からの排除」と思っていたことが、形を変えた「共同体」の継続であったということである。共同体とは何か。つくるは始め、それを自分にとってどうしようもなく失われてしまった楽園のように考えていた。けれども、様々な記憶の扉を開けていく中で、つくるが思っていた共同体における人の結び付きというものが、全く一面的なものであったということが分かる。

主人公が色を持たないという自己認識を持っていることなど、これまでの村上さんの作品のさまざまな「伝統」も引き継がれている。「共同体」という概念の更新のあと、もう一度、つくる自身は人生と向き合っていく。ずっと眺めていただけの「共同体」の当事者としての受容とそこから改めて個人の問題へとスタートを切るという物語は、「父になること」とは別のもう1つの大事な「成熟すること」であるのかもしれない。この「父」と「共同体」を巡る2つの成熟は今の日本にとっても重要なテーマでもあるのではないだろうか。

(了)

【中川康雄(なかがわ・やすお)】
文化批評。表象・メディア論、及びコミュニティ観察。
インディーズメディア「未来回路」主宰。
Twitter:insiderivers
個人ブログ:http://insiderivers.com