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のめりこませる技術 ─誰が物語を操るのか

著者のフランク・ローズさんは雑誌「WIRED」のライター兼編集者。本書ではマーケティングの分野を主に扱い、インターネットによってその分野がどのように変化してきたのかを描いている。

欧州やアメリカ的な商売の基本は何百年にも渡って、代金と引き換えに商品を受け取るという明快さが要であった。だが、現代のマーケティングは、かつてペルシャの絨毯売りが客を自宅に招き入れて茶を振舞ったのと同じように、消費者を取り込み楽しませなければならない。

現在、企業ブランドが消費者に対して一方的に語りかけられなくなり、その代わりに消費者に語りかけてられるようになっている。そのような状況下では、企業は消費者の文化の中に直接的にブランドを溶け込ませなければならない。そうでないと、ブランドは消費者に対して意味を持てなくなってきているのだ。また、その変化とリンクするものとして、広告の変化も挙げられている。かつて広告というものは、番組を中断し人々の生活を阻害するものだった。けれども、これからの広告というものは、番組そのものであり生活そのものにならなくてはならない。

ここに「参加させる」というマーケティングの技術の必要性が生まれてくる。「ゲーム」を仕掛け、「物語」を生成する。ブランドは「ゲーム」になり、「ゲーム」は「物語」を紡ぎ出し消費者を巻き込んでいく。そして、その「物語」の中で商品やサービスが売れていくのだ。

かつてフィクションというのは人類にとって大きな罪悪感を与えるものだったという。そこに書かれているのは「作り話」であり虚構であるからだ。そして、人類史において徐々にフィクションという物語は受容され、ほんの数十年の間にその数百年の罪悪感を払拭してしまった。そのことは「現実」と見分けのつかない「虚構」の世界を受け入れられるために必要な条件を獲得したという証なのかもしれない。

そのフィクションという物語における「現実」と「虚構」の境界が曖昧になったこの世界で、僕たちはこの進化し続ける「のめりこませる」技術をどのように扱っていけばよいのか。

本書ではその可能性について触れられていなかったと思うが、この「のめりこませる」技術を民主的な社会の構築に役立てることはできないのだろうか。みんなが心地良く暮せるプラットフォーム作りのために、市場だけでなく行政などの分野での応用にもこれからの社会構築の可能性も模索できるのではないかと思った。つまり、このムリゲーな社会をどのように公平なシステムに設計にしていくのか、ということに応用していくのである。そのような多元的な使用の中で、人びとはその扱い方を学んでいけるのかもしれない。

(了)

 

【中川康雄(なかがわ・やすお)】
コンテンツメーカー。表象・メディア論、及びコミュニティ観察。
インディーズメディア「未来回路」主宰。
Twitter:insiderivers
個人ブログ:http://insiderivers.com