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情報のマテリアリズム

1.哲学の「遺産相続」

 

著者は日本の「現代思想」の研究者。フランス留学中は、哲学者・ジャック・デリダに直接師事している。私の記憶が確かならば、その後、アメリカにも留学しており、文芸批評家のテリー・イーグルトンにも師事していたと思う。日本の「現代思想」研究の中で正統派とも呼ぶことのできる存在だ。その思考の根幹には、デリダ風にいうのならば、哲学の「遺産相続」者であるという意志があるように見える方だ。

 

2.「情報のイデアリズム」批判

 

さて、本書の主眼は二つ。

1.情報をめぐる様々な言説が、伝統的哲学における観念論の尻尾を引きずっていることを示すこと。

2.情報という事柄あるいは出来事において、非マテリアルな事態はありえないことを示すこと。

現在の情報学は哲学の亡霊に取り憑かれており、先端的とされる議論や手法の中に、哲学的に見るときわめて古風な概念や論理・思考的パターンが存在しているという。特に本書で批判的に指摘されているのは、「情報プラトン主義」、または「情報のイデアリズム」といったものだ。

例えば、ITによって生み出されている脱物質的とも見える場も、その基盤には物質財が存在している。それはどこからどのようにして調達されるものなのか。「情報のイデアリズム」では、そのような政治的・経済的・軍事的関係を読み解く視線を隠蔽しかねない。それはニーチェ風にいえば、物質蔑視や物質からの解放という欲望自体が物質的な拘束に立脚しているという事実から目を背けているのではないかということなのだ。

 

3.メディア環境における「主体性」

 

本書では、メディア環境における「主体性」についても言及されている。そこでは、人間は単なる「観察者」ではなく「実践者」であることが重要視される。

人間という主体の持つ言語や意味、情報は、世界に開いた空虚な穴のようなもの。この穴の「意味」を考え抜くことこそが、思考の価値であり力であるという。その思考の価値や力を育てるためには「情報内存在」ではなく「情報間存在」であることが必要とされる。「メディア内存在」ではなくメディア同士を媒介する「間メディア的メディア」としての主体であること。そのような主体のあり方を「情報間主体」と名付けている。それぞれの情報空間に安住したり固着せず、絶えず移動し続けること、転送しあうこと。そのように狭間に身を置き続けることがそのような主体性を生成する作法であるというのだ。

 

4.「脱構築」から立ち現れる新たな地平

 

本書は一見すると、「情報のイデアリズム」を「情報のマテリアリズム」によって批判するという二元論的な議論と解釈されるかもしれない。しかし、ここでの議論はどちらかの優位性を指摘したり価値の非決定性を提示することに留まってはいない。「情報」の概念を拡張することで別の地平を開くこと。このことこそが狙いであり、本書の議論が「脱構築」たる所以でもあるだろう。それは「哲学」の原理に忠実な実践でもあるのだ。

その新しい地平とはどのようなものなのか。それは以下に引用する「はじめに」の中の言葉にも現れている。

グレゴリー・ベイトソンは情報を定義して、「差異をなす差異」(「差異を作る差異」)と言ったが、本書はむしろ「差異をなさない差異」にまで情報概念を拡張したいと考えている。

「差異をなさない差異」は無なのではない。個や同一性をなし、画期や革命をなす「大きな差異」ばかりでなく、その下に埋れ、潜伏した画期や革命を準備する「小さな差異」の群れの沈殿運動。来るべきものの素材(マテリアル)。純粋質料。決して現前せず、形をなさないもの(不可識別者)の情報、それこそが純然たる差異であり、すべての「差異をなす差異」の根底に潜在する差異化運動そのものなのだ。

この純然たる潜勢力、〈他=多〉性の来るべき可能性そのものの力、それを肯定することこそ、新しい倫理、芸術、政治の力の源である。

本書は情報学のこれからを考える上でも必読であろう。ここには永きに渡る哲学史の成果を情報学に接ぎ木しようとする試みがあるからだ。そして、哲学自体もまた情報学によって新たな領域を開こうとしている。

ただ読後に幾つかの疑問点も残った。そのひとつは、「情報間主体」という存在のあり方もまたマテリアルなものに規定されているのではないかということだ。人間が持つ言語や意味、情報を世界に開いた空虚な穴として把握すること。ここにおいて、あまりにも実存するものの思考が素朴に真空状態にあるかのように表現されているような印象を受けるところがあった。その真空とされる場も政治的・経済的・軍事的な関係によって存在し成立しているのではないだろうか。個人的にはこのような個々の「実存」の特権化は心地よく感じられる。けれども、人間の思考を空虚なものとすること、「実存」を無条件で特権化することで隠蔽されるものもあるのではないか。これは現在、大学という場で研究することに付きまとう問いでもあるだろう。

以上。

【中川康雄(なかがわ・やすお)】
文化批評。コンテンツメーカー。表象・メディア論、及びコミュニティ観察。
インディーズメディア「未来回路」主宰。
Twitter:insiderivers
個人ブログ:http://insiderivers.com