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レイヤー化する世界―テクノロジーとの共犯関係が始まる (NHK出版新書 410)

1)世界システムの変動を概観

 

20世紀を支えた国民国家と民主主義、そして経済成長。これらによって構築された世界システムは、「ウチ」と「ソト」を分割することで機能していた。「ウチ」は豊かになり「ソト」は富を奪われていくという構図のもとで成立したシステムだったのだ。けれども現在、そのような世界システムが終焉を迎え、新しい世界システムが立ち現れてきている。

本書は人類が築き上げてきた世界システムの変遷を概観し、その流れの中に現在起きている様々な変化を配置し、新しい世界システムの造形を浮かび上がらせている。

その現在起きている世界システムの変化を一言でいうと「レイヤー化」ということになる。情報インフラの開発、つまりインターネットによって新たな脱国家的な〈場〉が提供され、全てがグローバルなレベルでのレイヤー構造に組み換わっていくというのだ。

これから世界はそれぞれの国民国家という縦割りの枠組・構造ではなく、横に繋がる複数のレイヤーによって再構築されていく。その例としてグローバル企業の存在を挙げ、それらが母国にではなく世界全体に最適化していることを示している。本書はネグリ=ハートの著作『〈帝国〉』が土台となっているが、その土台をもとに現在形へとアップデートしているという印象を受けた。

インターネットという〈場〉は新しい権力支配を構築する。それは旧来のウチソトの壁を破壊していく。そして、その様々なレイヤーの中でその都度もっとも強力なレイヤーが権力を持ってその〈場〉を支配するようになる。

また、レイヤー化は個々人の中でも起こるという。個人のレイヤー化のイメージは、平野啓一郎さんの「分人」に近いものになるのだろう。

 

そのようなレイヤー化した世界で上手く生きていくためにはどうすればよいのか。著者はその戦略として2つ挙げている。

・レイヤーを重ねたプリズムの光の帯として自分をとらえること。

・〈場〉と共犯しながら生きていくということ。

本書において著者はこのような変化は必然的なものとして捉え、そのような環境下で肯定的に生きていくことを勧めているといってよいだろう。世界システムの力学は消滅するのではなく別の形を取るにすぎない。その新たな力学による世界のビジョンを描くこと。それが本書の目的のように思われる。

 

2)レイヤー化した社会の中でのマイノリティ

 

本書では、世界システムが変われば「マイノリティ」の定義も変化するということも述べられている。

「ウチ」と「ソト」を厳密に分ける社会では、マイノリティはソトの存在としてウチからは差別される対象として扱われがちであった。けれども、レイヤー化した〈場〉においては、そのマイノリティという特徴も個人を作り上げる複数存在するレイヤーの1つに過ぎなくなる。その意味でレイヤー化した社会は、マイノリティにとっても生きやすい社会なのではないかと。

ただそれはマイノリティだからという特権化からも離れていく要因にもなるだろう。これまでのマイノリティの当事者運動というのは、「ウチ」と「ソト」を区別することを戦略的に使用していたからだ。この変化から最近起きているマイノリティまわりの様々な事象も説明できるところもあるかもしれない。そしてまた、そこから対処の方法も見えてるのではないだろうか。例えばインクルーシヴやバリアフリーなど、これから社会の中で概念の再構築が求められるのではないだろうか。おそらく現在はその過渡期にある。

 

3)池田信夫氏の批判に関して

 

経済学者の池田信夫氏は、本書のレビューである「世界はフラット化しない」(http://agora-web.jp/archives/1540957.html) の中で以下のように述べている。

「世界がレイヤー化しているとすれば、その最下層にあるのは著者の考えるような情報インフラではなく、暴力装置としての主権国家である。国家は暴力を抑止することによって国民経済を支え、その上に初めて『情報社会』は成立するのだ。」

本書ではインターネットという情報インフラが、新たな世界システムを構築していく上で最も重要なアーキテクチャであるとしている。それに対して、池田氏はレイヤー化しているとはいえ未だ主権国家がもっとも重要なアーキテクチャであるというのだ。

グローバル企業のエージェントのようになってきているが、法の運用は基本的には主権国家が持っている。グローバル企業が節税のために法人税などが安い国に資金を動かしたりするのも、そのような政策を行っている主権国家を選んでいるというようにも捉えることができる。

けれども、主権国家には市場を上手く回す他にも役割があるのではないだろうか。現在、グローバルな〈場〉に形成される経済圏、生活圏においてルール作りが充分になされていないように見える。そこに最後の国民国家の存在理由もあるのかもしれない。

以上。

【中川康雄(なかがわ・やすお)】
文化批評。コンテンツメーカー。表象・メディア論、及びコミュニティ観察。
インディーズメディア「未来回路」主宰。
Twitter:insiderivers
個人ブログ:http://insiderivers.com