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宇宙はなぜこのような宇宙なのか――人間原理と宇宙論 (講談社現代新書)

「基本粒子の質量や電荷やその他もろもろの物理定数は、なぜその値になっているのだろうか?」

物理学者はながらくこの問いの解答はひとつであると考えていた。つまり、「宇宙は、ある必然性があってこのような宇宙になっている」との信念のもと、究極理論、最終理論を追求してきたのだ。しかし近年、宇宙には別のありようがある可能性が濃厚になってきている。宇宙の青写真は無数にあるというのだ。その発見によって、私たちが住むこの宇宙の研究は環境科学の様相を呈してくることとなる。つまり、巨大な宇宙の中にさまざまな地域があり、その中のひとつに私たちは存在しているにすぎないのだ。この発見によって本書のタイトルである「宇宙はなぜこのような宇宙なのか」という問いに解答が与えられることになる。「私たちは存在可能な宇宙にたまたま存在しているだけ」というのがその解答だ。

もちろん、この解答の前提になっている「多宇宙ヴィジョン」に対する疑問もある。なぜならば、今のところ私たちは他の宇宙を直接的に観測することができないからだ。確かに観測や実験は科学の根幹である。けれども、原子やクォーク、ブラックホールなども元々は数学的構築物であって実在物でないと考えられていたのだ。この多宇宙ヴィジョンに基づく世界観に関しても、論理上そうなっていないと説明の付かない事象やデータがあることは確かで、現在、物理学者たちはその検証の可能性を探り始めている。

現代宇宙論を概観することは、私たちが思考の前提としているものに向き合うために良いきっかけを与えてくれる。思考にはある種の前提のようなものが存在し、それが情報や論理を統制している。私たちの思考を統制しているものが何故そのようになっているのか。本書は「人間原理」をテーマとして宇宙論の変遷を描いている。その根拠に触れようとすることは、個々人の主体性というものの意味を考える通路でもあるだろう。主体というものは特権的な場所にないからこそ主体でありうるのかもしれない。そしてそれはこれまで哲学の問いでもあったのだ。

(了)

【中川康雄(なかがわ・やすお)】
表象・メディア論、及びコミュニティ観察。
インディーズメディア「未来回路」主宰。
Twitter:insiderivers
個人ブログ:http://insiderivers.com