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小室直樹の世界―社会科学の復興をめざして

「人が徹底的に合理的たらんする場合、背後には非合理な衝動がある。」

その衝動をどこから調達するのかは、その人物の生を大きく左右する。小室氏の学問への衝動は、第二次世界大戦における日本の敗戦に由来しているという。なぜ負けたのか、どうすれば負けないようになるのか。その問いへの解答を求め、自然科学から始まる様々な学問を渡り歩き、辿り着いたのは社会科学であった。

「資本主義経済が作り出せない資本主義経済の前提」、そして「民主主義が作り出せない民主主義の前提」。その存在の有無が決定的な違いとしてあることを発見していくことになる。その探究にはヴェーバーという先駆者がおり、その理論を援用しながら公理系を形成し現状への考察を加えていく。例えば、ソ連の解体を予言した『ソビエト帝国の崩壊』や『痛快!憲法学』などの広く大衆にも届く名著は、その理論と考察の帰結だったのである。

小室氏のアカデミシャンとしてのすごさのひとつは、宗教に対するセンスにあるという。日本は世界宗教の真空地帯ともいえる場所にあるが、そのような環境においてこのようなセンスは稀だった。その領域に踏み込むことなしに始まりの問いに対する解答を得ることはできなかったのである。小室氏の関心はいつも実社会に向けられていた。社会の中での人間の振る舞いや行動こそが、探究の対象だったのだ。その根幹に宗教という領域があったのである。

「学問は公的活動であって、決して個人の都合や感情で左右されてはならず、人びとの協力と集団的精神によって、時代を超えて発展していく活動の全体である」。私たちはこの希代の天才の残した遺産をどのように継承していくのか、自らの衝動に基づいて考えていかなければならない。何故ならば、小室氏の眼差しはこの現在を生きる私たちにも向けられていたからだ。そのための手引きとして、本書は読むことができる。

(了)

【中川康雄(なかがわ・やすお)】
表象・メディア論、及びコミュニティ観察。
インディーズメディア「未来回路」主宰。
Twitter:insiderivers
個人ブログ:http://insiderivers.com