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国際メディア情報戦 (講談社現代新書)

グローバル化する政治活動

今の日本は国際世論というものを、過小評価しているのかもしれない。

経済活動においては、日本の労働市場や商品流通の現場をみれば、グローバル化している現状を確認することはそれほど難しいことではないはずだ。しかし、政治活動におけるグローバル化においては、多くの人たちはその現状を上手く把握できていないのではないだろうか。

本書のタイトルでもある「国際メディア情報戦」とは、グローバルな情報空間の中で形作られるイメージを巡る戦いのことをいう。そのイメージをどのように形作り、誘導するのか。それがグローバル化した政治の現場で、最も重要なファクターとなる。

国際世論における暗黙のルール

グローバルな情報戦で不適切な対応をすれば、あっという間にネガティブなイメージが世界中に流布される。そして、それは当然のごとく国益を大きく失うこととダイレクトに繋がっているのだ。そして著者は、このグローバル化した情報戦に「参戦」することが、今後、日本が生き残る唯一の道になると主張している。

このような現在のグローバルな情報戦には、重要なルールがある。それは、自らの倫理的優位性をメディアを通じて世界に広める、ということだ。

もう少し具体的にいえば、民主主義、基本的人権の尊重、人道主義、表現や報道、思想や信教の自由、社会のあらゆる面での透明性の重視、差別との訣別といった価値観。これらの国際社会のルールを自分たちが共有していることをアピールすること。それがこの情報戦を制するためのポイントとなっている。

このルールの形成において最も影響を与えた出来事は、第二次世界大戦における惨劇だ。特にナチスドイツの残した傷跡は非常に大きい。国際社会の中枢にいるのは米国や欧州であり、彼らのトラウマを連想させるイメージは、まず避けなければならないものとして横たわっている。それは一種のタブーと化しているともいえるものだろう。

国際世論の中の日本

さて、そのような前提を確認した後で、国際世論は今の日本の政治をどのようにみているのだろうか。例えば、このような記事がある。

「報道の自由、日本後退59位 福島事故と秘密法響く」
http://www.47news.jp/smp/CN/201402/CN2014021201001249.html

国際世論では、報道の自由を法的に規制することは民主主義の原理に反しているものだと考えられるだろう。なぜなら、民主主義国家では行政の持つ情報は基本的に国民のものであるはずだからだ。

これから日本国内の情報統制は、より強いものになっていくことが予想さらる。その理由の一つは、やはり2020年に行われる東京オリンピックだ。例えば、福島の原発に関しても、一国の首相が「完全にコントロールしている」と言えば、コントロールされていないことを示す情報が公になることが難しくなってくることは容易に想像できるだろう。しかし、そのような辻褄合わせのようなことをしていては、結局、日本の信頼を失うリスクも負いかねないのではないだろうか。

さらに近年、東アジア諸国や米国との関係も不安定なものになってきている。その理由のひとつは、やはり、この国際世論というものを過小評価しているから、ということもあるのではないだろうか。

先日、こんな報道もあった。

「中国と台湾、担当閣僚が正式会談 1949年の分断後初めて」
http://m.huffpost.com/jp/entry/4770892/

おそらく中国もこの国際世論の重要性と不可避性を認識し始めている。

このような現状の中、取引先と喧嘩して帰ってきた営業担当者が評価されるような国内の政治状況は、やはり問題なのではないだろうか。そのことによって、日本は他のアジア諸国よりも多くのアドバンテージを有しているのにも関わらず、それを自ら手放そうとしているようにみえるからだ。

本書は、グローバル化した政治とその中での日本の位置という二つの現状を、多くの具体例とともに解説している。ただ国力を付けて強気に出さえすれば、国際的にも上手く立ち回れる、と思うことの危険性を理解する助けとなるのではないだろうか。

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高木 徹
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(了)

【中川康雄(なかがわ・やすお)】
表象・メディア論、及びコミュニティ観察。インディーズメディア「未来回路」。
Twitter:insiderivers
個人ブログ:http://insiderivers.com