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東京女子流写真集「5つ数えれば君の夢」

この映画を観ることで、もしかしたら「アイドル」という存在へのイメージが更新されるかもしれない。少なくとも、僕の中にあった「アイドル」という概念は更新されたように感じます。しかも、それは摩擦が生じるようなかたちではなく、極めてナチュラルなかたちで成されました。

それだけナチュラルにイメージの更新が可能になったのは、既視のイメージが潤滑油みたいに作用しているからかもしれません。

例えば、既視のイメージを喚起するものとして挙げられるのは、光の取り入れ方でした。そこで僕の中のデータベースから引き出されたのは、岩井俊二さんの作品のそれです。具体的な作品としては、『花とアリス』、そして、『リリィ・シュシュのすべて』。特に「リリィ・シュシュ」に関しては、作品中に出てくる「いじめ」のシーンもイメージのリンクが発生します。

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しかし、その光の技法を使用して表現されているのは、似ているようでまるで違う世界観です。それは一見すると悲劇的な出来事のように思われることに対する態度のようなものの違いとして立ち現れます。

「リリィ・シュシュ」では悲劇は悲劇としてそこにあります。それも含めて世界の美しさが立ち現れてくる。しかし、この『5つ数えれば君の夢』では、悲劇が悲劇として成立していないのです。その映像と音楽、そして発話は、悲劇も他の出来事と等価に包み込む視線を追体験しているような感覚を与えます。出来事への価値決定は作品の中には示されていません。もし価値決定があるとすれば、それは観る側によってでしかない。

悲劇がただ悲劇として存立し得ない地点。それは本作品が全員主役のアイドル映画である故の特性だと思われますが、結果的に僕は、この映画を何か信仰告白のようなものとして受け取ったような気分になりました。

それは世界に対する全面的な肯定感、信頼感です。どんな出来事もそこにある襞を押し広げると、そこには救いにも似た複雑に絡まり合った理由が横たわっている。悲劇も悲劇だけでは存在できず、ひとつの出来事の根底にはただ生命力の複雑な絡み合いのみが存在している。それが音楽になり、詩が産まれる。

本作品はまさしく「アイドル」映画と言えるのかもしれません。そこにあるのは、「象徴」を通した生命力への讃歌なのです。

また、本作品を観て思い出された作品がもうひとつありました。映画「ヘブンズ ストーリー」(監督:瀬々敬久)です。そこではバラバラでデタラメでどうしようもなく噛み合わない世界が描かれていました。救いはなくただ事実を肯定することで見えてくる美しい世界。そのような世界の中で、生命力の「象徴」として「アイドル」という存在を位置づけることが可能なのかもしれない。そのような問いが僕の中に生まれたのでした。

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(了)

【中川康雄(なかがわ・やすお)】
表象・メディア論、及びコミュニティ観察。インディーズメディア「未来回路」。
Twitter:insiderivers
個人ブログ:http://insiderivers.com