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オルタナティブロックの社会学

1.

「ロックは死んだ」という言葉が意味をなすようなロックは死んだ。そして、だからこそ音楽としてのロックは生き長らえている。
(p.6)

旧来のロックという音楽によって担われていた諸価値は、時を経るに連れて、別のジャンルへとその役割の中心を移行していく。ワールドミュージックやハウスミュージック、そして、ヒップホップ。そのような別ジャンルの音楽たちが、ロックが持っていた諸価値を継承していったのである。

けれども、そのことによってロックという音楽の持つ現在性が虚構のものになったわけではない。そうではなく、それまで担っていた諸価値から解放されることによって、別の道を歩んでいくことになったのだ。その結果、ロックは、メインでもカウンターでもなく、オルタナティブなカルチャーとしてその歩みを進めていく。

このことを著者は「ロックは転じた」と表現している。「ロックは死んだ」のではなく、様々なジャンルにその役割を譲りながら、別の方向へと舵を切り、変化を続けていったのである。

本書は、最後のロックレジェンドであるカート・コバーンを境界として、90〜ゼロ年代の伝説なき時代において、ロックはどのように変化していったのかを描写している。変わり続けること、転がり続けることこそ、ロックのエートスであるという信念が通底音のように流れているのを読者は感じ取ることができるだろう。

2.

音楽は探さなくてもいつも私たちの周りに溢れている。私も一時期は、CDなどの音源を集めたりしていた頃もあったが、いつの間にか音楽を所有する欲求というものがほとんど消失してしまっていた。音楽が聴きたければ、音楽が流れている場所に足を運ぶ。それでいい。

それでも時々、無性に聴きたくなる曲はあって、それらはいまだにiPhoneの中に入っている。私の音楽の概念的空間は二つの極の中で作り出されていて、ひとつの極は、人の情動を美しいメロディなどで意図的にコントロールするのとは全く正反対の音楽。そして、もうひとつの極は、自分のコアにある世界観と強く共振する音楽である。前者は他者性の現前のようなものとして、後者はカタルシスと親和性の高いものとして、私の音楽の概念的空間を形作っている。

様々な音楽がある中で何故自分がその音楽に特に反応するのか。音楽の趣味はその人のコアの部分と結び付いていて、その人がどういう人なのかを知るための有効な情報であることを否定する人は少ないだろう。音楽の趣味はその人の世界観や価値観とダイレクトに繋がっているからだ。しかもそれらは一般的には無自覚なものであり、そのことがその情報の有効性を高めている。

ライブに行ってもフェスに行っても、どこか乗り切れない自分がいて、それをアルコールの力によって麻痺させることによって、むりやり場に馴染んでいく。シラフではどうしてもその場の空気に埋没しきることができなかった。けれども、そんな自分でもシラフの状態でもシンクロできる音楽があったのだ。例えばそれは、私にとっては90年代後期からゼロ年代前期におけるシューゲイザーと呼ばれるスタイルの音楽たちだったのである。

3.

本書ではロックの変化のあり方として、ノイズサウンドに対する感性の鋭敏化、「波」から「渦」への変化、内閉的なサブカルチャー化などの経時的変化の3つが挙げられている。

アナログからデジタルの時代になり、ノイズへの人びとの認識の仕方は変化していく。音の透明さを追求すればするほど、ノイズに対する感性は鋭敏化していった。本書では、ノイズという音をフランスの思想家ジャック・アタリの定義に沿いながら、その社会的意味について確認している。

アタリは、「ノイズはそれ自体が暴力である」と定義づけている。ノイズはメッセージの伝達を妨害する音響であり、整然としたコードを攻撃し、破壊し、無秩序の混乱を引き起こす。だからこそ、それが音楽に取り入れられた時、新たな秩序が生成される契機となるのだ。かつて音楽と呼ばれていたものから排除されていた要素が音楽の内側に入り込むことによって、コードの再配列が行われ、表現は昇華していく。

オルタナティブロックのサウンドは、調和音のなかにノイズを介入させるというかたちではなくノイズを常態としている。そこに美しい音が侵入するという構成になっているわけだが、ここに私がこれらの音楽たちにカタルシスを覚える理由があることを本書を読んでいく中で腑に落ちた。つまり、この構成によって立ち上がる世界観と私が痛みを伴い向き合っている世界観とシンクロしたということなのである。

本書で描かれているロックの歴史は、そのまま時代の変化に対応している。社会の変化がその音楽を形成するファクターになり音楽はその応答でもある。これはロックどころか音楽だけでなく様々のジャンルにおいて共通する変化でもあるが、変わり続けることをエートスとするロックにおいて、その変化が象徴的なものとして映るのである。

ロックが好きな人は本書を読むことによって、何故自分がその音楽に惹かれるのかその理由を知ることができるのではないだろうか。

オルタナティブロックの社会学
南田 勝也
花伝社
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(了)

【中川康雄(なかがわ・やすお)】
表象・メディア論、及びコミュニティ観察。インディーズメディア「未来回路」。
Twitter:insiderivers
個人ブログ:http://insiderivers.com