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弱いつながり 検索ワードを探す旅

「環境が人間をつくる」ということは、多くのひとが同意できることでしょう。けれども、何らかのネガティブな出来事が起こった時、その同意に基づいたようには感情が動かないことが多いように思えます。その理由は、その感情自体が環境によって形成されているからなのではないでしょうか。

このことが意味しているのは、ひとが語る言説や思想というものは、自らの所属する環境を作り変えていく力には直接的には繋がりにくい、ということです。別に原理主義者になる必要もないのだけれども、自分の感情や欲望を形作っている環境を距離を置いて眺めるということは、一般的に思われている以上に難しいことなのかもしれません。

多くのコミュニティにおいて、思想は環境から生まれるものであり、それは内部と外部を作りだして紐帯を強化する機能を有しています。 そして、インターネットというメディアはその「村人」化を推し進める特性がある、というのが本書における最初の問題提起です。つまり、その特性によって社会に閉塞感や機能不全が生まれているということですね。

このような議論は今までも多くされてきました。例えば、「サイバーカスケード」や「エコーチェンバー」といった概念も、インターネットというメディアの特性を捉えたものだといえるでしょう。これは一時期、日本の思想業界(?)で流行した「島宇宙化」や「タコツボ化」といった議論とも連続性を持たせることができるものかもしれません。

このような仕組みになっている現代の情報環境下で、特に可視化されて問題になっているのは、多様性は生まれているにも関わらず、それぞれの集団の内部からはその多様性が見えないし認められない、という事態が生じてくることです。そのことが多くのコンフリクトを引き起こしている。なぜならば、異質なものや理解できないものをコミュニティは攻撃するからです。

そして、このような状況に対して著者の提案する処方箋は、「環境を意図的に変える」というとてもシンプルなものなのです。それを別の言葉に置き換えるならば、「旅をすること」となるでしょう。

「旅をする」と、自らの所属する「村」社会や生活環境では得ることの出来なかったノイズに出会うようになります。そのノイズの偶発性が重要な役割を演じていきます。これは一見、とても常識的な発想のように思われるかもしれません。けれども、ここで興味深いのは「ネット」と「リアル」の関係の設定です。

著者は「ネット」より「リアル」の情報が大事だということを言っているわけではないのです。そうではなく、より深く「ネット」に潜り活用していくために、「リアル」を変化させる「旅」を提案している、という点が重要になっています。

また、この「旅」は新しい欲望を芽生えさせるためのものでもあります。つまり、いつもの生活環境であれば、検索しなかったようなワードを検索するようになる、その新たな欲望の発生がポイントになるのです。そのためには、目的地にある情報は何でもいいとすら言いきっています。

本書ではその変化を作りだす「移動」のタイプについても言及されています。それは「村人」と「旅人」、そして、「観光客」の3つのタイプです。そして、著者は3つめの「観光客タイプ」を特に評価しています。

前者2つは、比較的容易に想像がつくタイプだと思いますが、3つめの「観光客タイプ」をなぜ支持するのかは少し分かりにくいかもしれません。これを簡単に説明すると、「村人であることを忘れずに、自分の世界を拡げるノイズとして旅を利用すること」。それを実践するために最適な移動スタイルが「観光客タイプ」であると考えられているから、となります。

本稿では、「ネット」と「旅」の関係を焦点にしてレビューしましたが、本書はこの他にも様々な論点が散りばめられています。それらは著者の思想の全体像を薄っすらと形作っていると言っていいような内容となっています。著者の初期の哲学研究と近年の活動を理論的につなぎ、現在、著者がいる場所を描いているともいえるのではないでしょうか。

あと、これは蛇足な推測かもしれないけれども、本書においては「人」という漢字ではなく「ひと」という風に平仮名で表記されています。その理由は、漢字の「人」には、(金八先生の授業ではないですが)人と人とが支え合うというニュアンスが含まれていて、そこからコミュニケーションが連想させるからなのではないでしょうか。つまり、本書における「世界の多様性を肯定し、そのかわりコミュニケーションを諦める」というメッセージが、「ひと」という表記に込められているようにも感じられたのでした。

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(了)

【中川康雄(なかがわ・やすお)】
表象・メディア論、及びコミュニティ観察。インディーズメディア「未来回路」。
Twitter:insiderivers
個人ブログ:http://insiderivers.com