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Interstellar-

※SF的な要素の分析はネット上にも散見されるので、ここでは備忘録的なレビューを書いておきます。ちなみに、ネタバレありまくるので、まだ観ていない人はご注意を。

1.黄昏時の人類、その最後の希望を乗せて

本作品は、理論物理学者キップ・ソーンを製作総指揮に迎えている。そのことにより最新の理論に基づく形で、「ワームホール」や「ブラックホール」、相対性理論における時間の理論や宇宙論などが展開されている。また、ノーラン監督がフィルムなどのアナログを好むためか、どこか懐かしい印象を与える映像の作品だ。この二重性がこの作品を奥行きのあるものにもしているのではないだろうか。「インターステラー」(Interstellar)とは『星間航法』のことを意味している。

舞台は劇的な環境変化が起きている未来の地球。そこで、人類は滅亡の危機を迎えている。そんな世界での話だ。主人公・クーパーは、NASAの元パイロットでエンジニアだった。けれども、その職を失ってからは農業を営む2児のお父さんだ。作品中の世界では、一次産業が再びとても重要なポジションについている。

環境の変化によって、このままでは全ての植物が死滅する。そうしたら、食糧難になるのはあたり前だし、これまで植物たちが出していた酸素も欠乏していくので、酸素を必要とする生き物が住めない星になってしまうのだ。ゆっくりと、終末の黄昏れ時の中にある、そんな地球が始まりの舞台となっている。ちなみに、この環境の変化は人類の活動が原因っぽい。

また、小説版も存在している。

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2.「ラザロ計画」の真相

そんな中、一度は解体されながらも再建されたNASAが秘密裏に人類を救うために進めていたのが「ラザロ計画」だ。これは、宇宙船で土星の軌道上にある「ワームホール」を通って新たな銀河系に移動し、そこにある惑星に地球人が移民するというもの。この計画には、さらに「プランA」と「プランB」という2つの計画がある。

「プランA」とは、大規模なスペースコロニーによって現人類を移住させる計画。けれどもこれを実現するために大きな困難があった。それは、理論の要となる重要な方程式が完成していないのだ。けれども、この理論には致命的な欠陥があった。完成させるためには、ブラックホールのコアである特異点の観測データが欠かせない。光すらも逃れられない超強力な重力の底から、人間がデータを持ち帰ることは不可能のように思われた。つまり、この「プランA」は最初から実現不可能であることが分かっていたのだ。

そして、その代案として出されたのが「プランB」。これは「プランA」が失敗した時の策として用意された計画で、受精して間もない卵子を保存して移住先の星で人工培養するというもの。つまり、この「プランB」は、地球にいる今の人類をあきらめることを前提としたものなのだ。クーパーをはじめとする宇宙船に乗って旅立った関係者たちは、宇宙に飛び立った目的を「プランA」だと教えられていた。けれども、この旅の途中で、「プランB」のほうが最初から「ラザロ計画」の目的であったことが明らかになる。

3.人類を救う旅と父と娘の物語

この「プランB」が、クーパーたちの目的であることが分かるあたりから、この作品が「父と娘の物語」であることが、さらに色濃くでているのではないだろうか。もう、地球には戻れないことを知り、そして、娘に会うこともできなくなってしまう。その事実を知った時、父親の胸に迫ってくる感情。それがこの作品の人間ドラマの中心になっているといってもいいだろう。

喧嘩の仲直りもまともにできない状態でも出発したのは、また帰ってくることができるという思いのためでもあったし、自分が使命を果たすことで娘を救うことができると考えていたからだ。出発時、「プランA」がフェイクにしか過ぎないという事実を知った時、クーパーにはその2つの目的を果たすことができないということを知るのである。ここで、人類を救う旅と父と娘の関係修復の物語が濃厚に混ざり合ってくる。

4.トウモロコシ畑を疾走する車と宇宙の話

私にとって特に印象的だったところは、トウモロコシ畑の中を車で走っていくシーンだ。これはもしかしたら、既存の映画からの引用かもしれない。トウモロコシをなぎ倒しながら車は疾走していく。この舞台の中の地球における食糧問題や、けれどもそれらは結局枯れていってしまうという思い。そこに、登場人物たちの感情と混ざり合っているような。様々な目に見えない個人的状況とか社会的状況とかがそこに集約されているように見えた。1つの世界観、というか。何か胸に迫ってくるものがあるシーンだった。

あと、作品には直接関係ないことだけれども、気のせいかもしれないが、最近、天体とか宇宙とか、そういうのが流行ってきているような気がする。もしそれが錯覚でないのなら、その傾向はどうして生まれているのか。とか、考えてみると面白いかもしれない。その延長線上に、哲学とかそういった抽象度が高いものに関心が集まることもあるのかな、とか。

この映画の公開に先立ってゲームも公開されている。それについては以下のwiredさんの記事が詳しい。

映画『インターステラー』の「自分の宇宙」を創造して探索できるゲーム

以下は予告編の動画だ。

(了)

【中川康雄(なかがわ・やすお)】
表象・メディア論、及びコミュニティ観察。インディーズメディア「未来回路」。
Twitter:insiderivers
個人ブログ:http://insiderivers.com