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人間不平等起源論 (光文社古典新訳文庫)
ジャン=ジャック ルソー
光文社
売り上げランキング: 96,947

1、人類の進歩と原初の状態

 ルソーは、人類のあらゆる進歩というものは、人類を原初の状態から遠ざけていくものだとしている。この地球上の誕生した生命はそのDNAの変化によって、さまざまな環境に適応して増殖していくことになったわけだが、人類は知性によって、DNAを変化させることがほとんどなくても、短期的に進歩することができる存在だ。

 「進歩」という言葉に違和感を感じる向きもあることは知っているが、つまりは知識が増殖し、さまざまな可能性を選択できるようになることを「進歩」と定義づけることができるだろう。つまり、知識の蓄積のその反映が「進歩」と呼べるものであるわけだ。そのため、単線的な進歩というものをここでは想定していないと言えるだろう。

 つまりは進化生物学的な観点をこえるような「進歩」のスピードを人類がもってしまったため、人類という種の原初の状態から進歩というものは人類を遠ざけている、というわけだ。しかしそれでは、人類の社会をどのようにかじ取りしていくべきなのかという問題が浮上してくる。

2、人間の理性に先立つ2つの原理

 そのかじ取りの指針として、ここでルソーが挙げているのが、人間の理性に先立つとされる2つの原理である。その2つとは、「自らの幸福と自己保存への強い関心」と「同類が苦しんでいるのを見て覚える自然な反感」である。

 本書では、このふたつを人類における揺るぎのない、原初の状態の原理として位置付けているのだ。自らの生存と共同体の意識に関わるものだが、この2つは、それぞれ入れ子状の構造も持っていて、互いに維持し合うようなシステムを構築する要素であることにも気づくことができるだろう。つまり、ここでは人類が原初の状態から社会的な生物であったということが言われている。

 ここに近代における宗教的な思想性と結びついていない短絡的な意味での個人主義の問題点も指摘することができるかもしれない。

 個人主義というものは、一神教的・キリスト教的な「神」と「個人」に契約関係のもので成立する思想だ。つまり、個々人に与えられた才能(ギフト)を開花させること、それが、人間に与えられた生きる意味、ということになる。つまり、まず、神と人間の契約関係があり、「善い」とされるものを定義した思想システムが存在したうえで、個人主義というものが社会的に機能するということなのある。

 ここには、社会は個人のためにあるものではあるが、個人もその才能を通じて社会に還元するような関係が成立している。つまり、ここでルソーが述べている、人間の理性に先だつ2つの原理は、すでにビルトインされている、と考えることもできるのではないだろうか。しかし、そのような思想的なバックグラウンドなしでは、個人主義は単なる利益の再配分の動機くらいにしか機能しなくなる。

3、揺るぎのない土台の上に社会を構築する

 そんなこともあり、ルソーがここで示している、人間の理性に先立つ2つの原理の重要性が見えてくるのではないだろうか。今、人類はこれから先のグランドビジョンを失っているように思われる。それはポストモダンの時代、価値の多様性の時代においても必要なものなのではないだろうか。

 人類にとって「進歩」とは何か。その理性を有意義に生かすことのできる方向性を私たちは再び確認しなければならない。世界はいまだ不平等のかたまりのような状態だ。この状態をどのように捉え、理性を働かせ、社会に働きかけていくのか。そのような思想の共有のようなものが、この地球上の人類たちに必要なように思われる。

 グローバリズムとその反発の時代のなかで、原初に立ち返る思考は有意義なもののように思われる。

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