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都市と消費とディズニーの夢 ショッピングモーライゼーションの時代 (oneテーマ21)

 本書は、ショッピングモールという観点から考察する現代都市論だ。著者の造語である「ショッピングモーライゼイション」という概念を用いて、現在、都市に起こっている事実に基づきながら理論を展開している。

 ショッピングモールへと連なっていく消費形態の系譜は、本書では19世紀半ばにパリの中心部に建設されたパサージュから始まる。
 パサージュが出現するより以前の社会では、贅沢な消費の担い手は王侯貴族たちであった。しかし、革命の後に彼らは後退。かわって台頭したのは、資本家や銀行家などの裕福な人々や弁護士・医師などの専門職業者たちだった。いわゆるブルジョワジーと呼ばれる人々である。このブルジョワジーたちに、多くの商品を展示・販売する装置としてパサージュは誕生したのだ。

 そのパサージュがひとつの建物の中に押し込まれ、産業革命によって生産されるようになった新しい製品が大量に展示されたのが百貨店だった。
 同時に百貨店は、当時のイギリス・フランスで人気だった万国博覧会が発展したものでもある。1851年のロンドンで始まった博覧会は、産業革命によって生産された製品を展示するために開催される祝祭の意味合いが強かった。
 製品を展示するという機能において万国博と百貨店は同じだが、万国博が「祝祭の場」なのに対し、百貨店はその祝祭をいつまでも続く「日常の場」としたのである。

 また、元々は聖地巡礼のための宗教イベントだった観光が、産業化されていったのもこの万博の頃であるという。旅行を企画し、交通機関や宿泊先の手配を行う業者がこのタイミングで生まれ、万国博へのツアーが成功したことを契機にビジネスとして定着していく。

 その後、百貨店の誕生から約80年を経たアメリカでは、スーパーマーケットと呼ばれる小売流通の形態が登場する。スーパーマーケットが扱う製品は、アメリカ式生産技術によって、同じものを一度に大量に生産された。その大量生産方式の登場によって商品の価値が下がり、一般庶民がそれを購入する主役となった。それが20世紀のことである。

 現在、世界中の都市がショッピングモールと同化しつつある。そして、現代のショッピングモールは、世界の都市やリゾートを「観光」と「消費」という行為を通じてネットワークするプラットホームとして機能しはじめている。
 異国のリゾート地で過ごす程度の経済力を備えたグローバルなアッパーミドルクラスが、ショッピングという共通言語によってグローバルな階級意識が形成しつつあるのだ。もちろん、そこでは人種などの差異はあまり意味をなさない。

 本書では、テーマパークと都市計画とショッピングモールが、互いに密接な関係にあることが指摘されている。それらが融合し見分けが付かなくなっていくのは、もしかしたら、そう遠くないのかもしれない。

 ただもちろん、光があるところには影もあることも忘れてはならないだろう。古き良きアメリカを賛美するというディズニーのテーマが、先住民の迫害という事実を隠蔽することではじめて成立するのと同じように、その変化の中で起こっていることを多角的にみていく必要がある。

 その多角的な事実の把握とそれらに基づいて考察すること。今後、その作業も必要となってくるのではないだろうか。

【中川康雄(なかがわ・やすお)】
文化批評。表象・メディア論、及びコミュニティ研究。
インディーズメディア「未来回路」主宰。
Twitter:insiderivers
個人ブログ:http://insiderivers.com