この記事の所要時間: 256

フェティッシズムにあふれるこの映画の中で、一つレビューするとすれば、字幕についてだ。

本来、字幕はいつも翻訳者を困らせる。困らせるためにあると言っても良い。決められた範囲の字幕の居場所。ぴたりとくる喜び。翻訳しきれない、手におえない言葉が多くあるはずだ。

しかし『ヴァンパイア』はその常識から外れている。
違和感の無い字幕が次々に出てくる。
鑑賞者の注意を削がない。

怖いことだ。

本編で、レディバードが「血が人体の80%だと思ってた」という。

サイモンは「いや、8%だ」

と。

次にくる字幕は、

「少ないのね」だ。

「少ないのね」という字幕でなければ、「少ないのね」という言葉を、レディバードの置かれた境遇と重ねることはできなかっただろう。

この、余りに出来過ぎた『ヴァンパイア』の字幕は、鑑賞者に奇妙な存在感を感じさせる。

そこで思い出すのが、美術作家の小沢裕子氏の『サーフィン』という映像作品だ。
『サーフィン』には字幕があるが、映像の内容とは大幅にずれている。
寂しい、皮肉のきいたクールな字幕が与えてくれる浮遊感。
この浮遊感が、私たちを刺す。

『ヴァンパイア』の、横向きのスクリーン、銀はがし、車の中からの撮影を意識させる、役者に撮らせる、急に途絶える音楽、現実にも存在するウェブサイト・・・、そして風船。

小説版『ヴァンパイア』のシンボルとして、白い繭がある。
白い風船というアイディアは、形成しきれていない”cocoon”を感じさせる。
カタいような、やわらかいような捕らえ所の無いコクーン。
その様なフワフワとしたスクリーンの中で、位置を固定された字幕だけが、言葉の拠り所になっている。

そして洗練された字幕の台詞は、誰のものにでも成りうる。

ミナの「余計死にたくなった」や、サイモンの「貧血だ」という言葉を、キャストが発する以上に、ダイレクトに鑑賞者に届けてくれる。

「貧血だ」という字幕。

これは、ラストの浮遊するサイモンのシーンに現われる。この言葉は、レディバードのものであり、ジョシュのものであり、鑑賞者のものでもありうる。

エンドロール直前に残る「あなたの夢?」という字幕。

この”あなた”の所在すらも浮遊する中で、ただ字幕だけがあなたに語りかけてくる。

あなたの夢?
あなたの夢?
あなたの夢?
あなたの夢?
あなたの夢?
あなたの夢?

と。

ミナの病院で、はっきりと意思表示もできないままに、血を提供しなければならない時、あなたは看護士になんと返すか。
『ドラキュラ伯爵』のヒロイン、ミナが朝日で伯爵を殺す瞬間の様に、痛烈な事実があなたに歯向かう時、どのように行動するか。

恐らく、訳のわからないままに看護士に血を提供するべきではない。

本当に大事な人のために、貧血にならずに走り抜くべき時があるのだから。

【金藤みなみ(きんとう・みなみ)】
アーティスト。88年徳島県生まれ。2011年女子美術大学卒業。同年渡韓。現在多摩美術大学大学院に在籍。照明家を経て2010年、小道具団体Nichecraftに参加。2012年日本を拠点に創作活動を展開。直近の展示は、mujikobo『黄金町車道ワーク』。ホームページはこちら。 http://kinto.arttimes.info/