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1.誰の、何のための、建築なのか

 

「あの日」とはもちろん、東日本大震災の起きた2011年3月11日のことだ。その日以来、建築家の伊東豊雄さんは、幾度も被災地へ通ったという。そして、通えば通うほど、自分がつくってきた建築は何だったのだろう、それは誰に向けて、何のためにつくってきたのだろうと、考えるようになる。

建築家ならば、世のため、人のために、人の集まる場所に新しいかたちを与えたいと考えるもの。

けれども、グローバル経済下では、建築家の倫理観や善意をはるかに超える力によって建築は作られ、破壊されている。そこには公共空間やコミュニティの場が成立する余地はほとんどない。それどころか、経済を効率よく循環させるためには、共同体は徹底して個に解体されたほうが都合が良い。

「あの日」以来、そのような状態とどのように向き合っていくのか。本書では、その方向性のひとつが示されている。

 

2.現代における建築業界の問題点

 

伊東さんは、現実の社会と建築業界との間にあるズレが生じていることを指摘し問題としている。
例えば、建築のコンセプトのなかで使われる「社会」や「コミュニティ」といった概念は、現実の世の中と直結したものではない。現実の社会を建築家によって扱いやすいように抽象化し弄んでいる、というふうに。

また、日本で建築家が社会の中にうまく組み込まれていないことも指摘している。

建築がアート作品と同じような評価のされ方をし、個人の名のもとに設計を行う、いわゆるアトリエ派の建築家は社会にうまく組み込まれてないし、 喜ばれもしない。

そのため、アトリエ派の建築家は、公共的なプロジェクトに呼ばれない。当然、そのことでフラストレーションがたまる。そこで小住宅の設計にそのフラストレーションが発散される。批評性を美しさに置き換えた斬新な建築を提案する。
その斬新さゆえに海外での評価は上がり、しかも施工に関して日本のゼネコンは極めて高度な技術力を持っているので、ものすごく美しく抽象的な建築が実現するのだ。

その結果、ますます国際的な評価を得ることになる。

つまり、海外からは声がかかるけれども、日本の社会にはあまり組み込まれていない存在なのだ。今回の震災が起きた時に、日本の建築家が復興計画に呼ばれなかったのも、そういう状況が背景にある。

現在、建築家が担っている役割は、いわば目に見えない資本を視覚化することなのだ。資本の蓄積される場所を求めて移動をくり返す。それが現代建築家ということになる。

 

3.新しい建築原理の構築へ

 

現代の建築には資本の蓄積が大きな役割を演じる、ということは先ほど述べた通りだ。そして、そこに問題がありシステムを改変するとするならば、具体的にはどのようにしていけば良いのか。それ考えるモデルケースとして、釜石で行われた「みんなの家」のプロジェクトも挙げられている。

建築の原初の姿は、共同で何かをつくり上げて、それを集団として崇め、また、つくることが喜びであるという、共同性のあらわれだったのではないか、と伊東さんは問いかける。

その原点に立ち返るためには、単に一方から一方通行ではなく、相互に心が通い合う行為こそが、これからの人間関係や社会のあり方を考える鍵ではないか、と。

これからの建築は単に建築家個人の表現の問題ではなく、新しい建築の原理をつくり、その原理を実践することが求められる。それが著者にとっての「あの日からの建築」、ということになるだろう。

合わせて以下の本も参照すると、ここで示されている「あの日から」の方向性が立体的にみえてくるかもしれない。

【中川康雄(なかがわ・やすお)】
文化批評。表象・メディア論、及びコミュニティ研究。旅人属性。
インディーズメディア「未来回路」主宰。
毎週月曜日に自宅ブックカフェやってます。
Twitter:insiderivers
個人ブログ:http://insiderivers.com