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ビッグデータビジネスの時代 堅実にイノベーションを生み出すポスト・クラウドの戦略

 いわゆるクラウドサービスは、電子化・自動化が成熟しきったことの象徴として登場した。と同時に、それはビッグデータの活用に向けたゆりかごとなる。ビッグデータとは、情報技術の発達にともなって爆発的に増大した構造化されていないデータのことをいうが、その巨大なデータの集積を分析することによって、様々なことが可能になってくるのだ。

 著者はビッグデータの使用によって可能になることとして、以下の3つを挙げている。

1.「一部の」顧客の声でなく、「すべての」顧客の声に耳を傾けること。
2.「わざわざ」回答させずとも、「おのずと」蓄積されるデータを分析すること。
3. 分析により得られた知見のフィードバックを個々別々に対して実施可能であること。

 つまりは、徹底して個々人への様々なマッチングの合理化・最適化が行われる、ということであろう。そのこと自体は素晴らしいことだ。自分の気づかない無意識の欲望にすら先回りして、商品やサービスが提示されるような世界がくる。しかし、このような企業側の動向から私たちが考えなければならないのは、もしかしたら別のところにもあるのかもしれない。

 本書はビジネス書なので当然のことだが、消費者と企業という2つの関係を基本に議論を展開している。そのため、例えば、仕事やライフスタイル、そして社会全体が、その新しい環境下でどのように変化するのかについては議論されていない。それはもちろん本書の趣旨とは別だからなのだが、特にweb業界に身を置くわけでもない立場からすると、どうしてもそこのところが気になってしまう。この情報環境の変化によって社会がどのような形をとってくるのかという問題は、ただ「ビッグデータの活用を行うことができる人材の育成と、プライバシに関する指針等の整備」だけでは解決しえないものではあることは確かだろう。この変化の射程はもっと広範囲に渡るものだからだ。

 例えば、データとして収集される莫大な行動履歴は、企業だけでなく、行政からもその利用が試みられることが容易に想像される。けれども、そこには様々なクリアすべき問題が横たわっている。なぜなら、透明性に耐えうるような行政機構に少なくともこの日本はないであろうからだ。おそらく、今の仕組みを温存したまま技術だけをアップデートすると、どこか特定の立場の人間が不透明を確保するような形で実現するのではないだろうか。肯定的にみれば、現在の情報技術によって可能になる新たな社会設計を考えたとき、例えば、社会保障の一元化としての「ベーシックインカム」実装への寄与など、様々な未来像が描ける。けれども、やはり急速な変化の中においても、慎重に物事を進めていくことは必要だろう。

 もうひとつ、個人的に気になる程度のことではあるが、私たちの発する様々な情報が常に集積され続けるような状態で、過度のストレスを感じずにいられるかどうかということだ。全ての行動履歴が吸い上げられ分析される状況というのは、ずっと監視されている状態に近いとも言える。その状態は、「環境管理型社会」の最終形態なのかもしれない。たとえ、様々な構造的な問題も解決し、その透明性が確保されたとしても、その状態をストレスフルな環境だと感じる人は一定数いるのではないだろうか。問題は、自分で環境を選択・コントロールできないというところにある。もちろん、それが当たり前の状態から生まれ育てば、それが当たり前になるのだから、ただ慣れていないというだけなのかもしれない。けれども、この違和感の正体が何なのか考える価値はあるのではないだろうか。まだ私たちには、どのような世界に住みたいか、そのことを考える余地が残されていると思うからだ。

 選択の意思や欲望のコントロールを企業や行政に手放しでは委ねたくないと考えるのであれば、(こういう表現はあまり好きではないのだが、)「市民が賢くなる」ということを考えなくてはならないのかもしれない。具体的には現在起こっている状況を把握し、どのような社会に自分たちは住み生活したいのかということだ。もちろんそのことも、環境設定やそれを実現する仕組みを、どのようにデザインするかにかかっている。私たちはもはや技術の発展を積極的に活用していく他はない。しかしいつの間にか、コントロールしていたはずのものにコントロールされ、そこから逃れられなくなる、ということもありうる。結局、自分たちにとってどのような環境が「幸せ」なのか、各々が改めて考えなくてはならない時期が来ている、ということなのかもしれない。

 
【中川康雄(なかがわ・やすお)】
文化批評。表象・メディア論、及びコミュニティ研究。
未来回路製作所主宰。
個人ブログ:https://insiderivers.com

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