この記事の所要時間: 328

ももクロの美学~〈わけのわからなさ〉の秘密~ (廣済堂新書)

著者の安西さんは美学芸術学の研究者。また、ジャズフルート奏者でもあり、音楽にも造形が深い方だ。その著者が「これまでに私がリアルタイムで出会った中で、最も感動的かつ重要な美的芸術的な現象」とまで言っているのが、アイドルグループ「ももいろクローバーZ」である。本書ではその魅力を「エビぞり少女」(身体性)、「Zコースター」(歴史の高速ハイブリッド化)、「変顔のフラガール」(成長過程の開示・ユモレスク)、「救済としての少女」といった概念を紹介しながら説明している。

本書は、現在のアイドル文化の盛り上がりの理由を理解するためにとてもおすすめできる内容だ。端的にいうと、現代のアイドル文化はこの日本の社会風土において空白になってしまっている場所を埋める存在として機能している。

現代の日本は様々な島宇宙が乱立している時代ともいわれる。つまり、大きな物語が機能せず小さな物語が乱立する時代なのだ。それは3.11以降も健在であるといえよう。そのような状況下で、現代日本のアイドル文化は、大きな物語を再起動させるプラットフォームとして機能していると言えるところがある。

例えば、ももクロはその作品やライブにおいて、昭和芸能史・アイドル史のオンパレード、集大成、博物館といった様相を呈している、と著者は言う。それらのバラバラな島宇宙を断片として取り込んで、ジャンル横断的にハイブリッド化し、バラバラだったものを彼女たちの身体パフォーマンスによって、今ここの現実へと繋げていくのだ。それは歴史化、物語化の作業をしているとも言える。そして、その歴史の先端に全力でパフォーマンスする彼女たちが位置しているのだ。その姿に感染し一体化すること。それが「ももクロ」のライブなのである(まだ行ったことないけど)。これは確かに宗教めいたものを帯びていると言えるのではないだろうか。

まさしく、現代のアイドルは「象徴」として機能し始めているのだ。そこでは、旧来のように容姿が魅力的だとか歌がうまいだとか、そういったタイプのあこがれの対象であることが中心ではなくなってきている。言うなれば、そこでパフォーマンスしているのは「巫女」がアップデートされた姿なのだ。これまでの歴史・物語を背負いながらも、全力を尽くしてそのエッジに立っているその姿なのである。

それが女の子である理由は、日本のジェンダーイメージもあると思われるが、「無垢で無力」なイメージによるものだという。本書でも紹介されているが、「ももクロ」と共演している氣志團の綾小路翔氏は、「人生で初めて、性の対象ではない女子を好きになった」と語っているという。

本書によって、現代日本のアイドル文化がある種の宗教性を帯びているということを確認することができた。しかし、だとするならばある疑問というか関心も湧いてくる。

それは日本のアイドル文化を海外に輸出した時にどのようなことが起こるのかという関心だ。日本における「宗教文化」の手薄さが、このようなアイドル文化がドライブする土壌を作り出していると思われる。つまり、「宗教文化」が強固な文化システムとして機能している「場」においてこのアイドル文化が如何に受容されるのか、または受容されないのか。すでに様々な地域で日本のアイドル文化の輸出が始まっているようだが、それらが今からどのような様相を呈していくようになるのか。例えば、アメリカにおけるハリウッドや最近のクール・ジャパン構想みたいな文化戦略の中に位置づけられるくらいに育っていくのだろうか。その辺も気になるところだ。

だがしかし、本当に重要なことはそんなことではない。日本のアイドル文化によって救済された魂が確かにあるのだということ。そのことを確認したことが、僕にとって本書を読んだことによる一番の発見なのである。

(了)

 

【中川康雄(なかがわ・やすお)】
文化批評。表象・メディア論、及びコミュニティ観察。
インディーズメディア「未来回路」主宰。
Twitter:insiderivers
個人ブログ:https://insiderivers.com

Popular Posts: