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Kokkai-gijidō-mae Station

2013年6月21日に清澄白河のスペース「SNAC」でBRAINZの連続講座「人文系の壁 第1回」に参加してきた。稲葉振一郎氏と栗原裕一郎氏による連続講座である。今回は国家の最高法規である「憲法」がテーマだ。

このレクチャーの配布資料は稲葉氏が下記のエントリに公開している。

■6月21日「BRAINZ 人文系の壁 第1回 憲法」稲葉配布資料 – インタラクティヴ読書ノート別館の別館
https://d.hatena.ne.jp/shinichiroinaba/20130630/p4

現在、様々な改憲論議が起こっているが、今回の機運に対する警戒は人権条項や改正条項等が中心であり「立憲主義」がキーワードとなっている。そこから本レクチャーでは、その「立憲主義」を軸に憲法を巡るふたつの大きな潮流を外観するところから始まった。

つまり、「憲法の名宛人は国家であり、まずは市民社会の個人ではなく国家統治権力をこそ拘束するもの」であるが、どのような理由や基準で拘束するのだろうかということ。なぜ主権者人民の権力がそれ以外のものによって拘束されねばならないのかという問いである。

本レクチャーではその理由には二つの立場があり、それぞれ人権に対する立場が異なるとしている。

1.民主主義の暴走・自己破壊を防ぐため。
→人権は民主主義の内在的構成要素であり、人権の保護はいわば民主主義が暴走して自己破壊しないための自己規律とみなされる。

2.民主主義的な政治による(特に少数者の)人権侵害を防ぐため。
→人権は民主主義とは別個の、いわば民主主義の外側にあり、民主主義よりも優先されるべきものであるということになる。

この対立の日本における展開が、松井茂記氏と長谷部恭男氏の論争。

・長谷部→メタ理論(政治哲学)
 ・松井→プロセス的憲法観

今回は、人文系が疎い対象としての「憲法」を「立憲主義」という観点から総論的に語るのがメインだった。なので、人文系の人々と憲法学という領域のどこに壁があるのかということは明示されていないように感じられた。

次回のテーマは「経済」とのこと。

もちろん総論もありがたいが、贅沢をいえば、「人文系にとってどこが壁となっているのか」、「なぜそのような壁が形成されるのか」という問いについても触れられると嬉しい。それは乗り越えるべき壁なのか、守るべき壁なのか。壁の存在には何らかの理由があるはずなので、そのあたりについても考えてみたい。

以上。

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