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風立ちぬ (ジス・イズ・アニメーション)

※ネタバレあり。レビューの影響を受けやすい人は気を付けて。

空を舞う鳥のような飛行機。それに乗る少年。美しい田園風景や人々の姿。本作はそのような「夢」のシーンから始まる。この「夢」の実現こそが本作の主人公・堀越二郎が自らの生を懸けて成そうとする内容なのだ。

ピラミッドのある世界とない世界のどちらを選択するのか。憧れのイタリア人飛行機製作者カプローニが二郎にそう問いかける。それは貧富の差のある世界か否かという選択でもあり、頂点に存在する者が夢をみる世界かどうかいう選択でもある。その費用を使えば多くの子どもたちに食料を配ることが出来るというのに、貧乏な国が何故、飛行機にお金をかけるのかという問い。二郎は前者を選択したことになる。「美しいもの」が見たい作りたいという思いを全てに対して優先し、自らの内から湧き出る情動に従って美しい飛行機を作り上げることにエネルギーを注ぎ続ける。

その情動はいうなればエゴでもあるが、その自らの欲する「美しさ」を実現するというそのエゴが、それと気付かれにくい形でサラリと描かれる。作品の中で二郎がお腹をすかせているであろう子どもたちにシベリア(羊羹や餡子をカステラで挟んだ菓子)を渡そうとするシーンがあり彼らはそれを拒否するが、それは情けを受けないという誇りの表現とも映ると共に、二郎は間接的にはその子どもたちを苦しめる可能性もある仕事をしている存在であるという表現とも読み取れる。もちろん、そのことによるキズや痛みもあり、意識的にか無意識的にかそれは本人にも分かっているのだ。その痛みのようなものを表現する手段として、二郎の声に庵野秀明氏を選んだということもあるだろう。宮崎監督の「庵野は現代で一番傷つきながら生きているんですよ。それが声に出ている。」というコメントがそれを示唆している。本作品は細部を飛ばして大雑把にストーリーを追うと、ウェルメイドな「美しい」物語にも感じられる。しかし、その細部には「美しさ」の前提となっている様々な綻びが散りばめられている。この綻びの点を庵野氏の声によって繋いでいくことによって浮かび上がる星座こそ、この物語を突き動かしているものなのだ。それは「欲望の星座」と言ってもいい。

宮崎監督は本作に対するインタビューの中で、何故今、この作品を作ったのかという質問に答えている。それは現在の日本が「戦前」であるからであるということなのだ。本作品が描いているのは2つの世界大戦の間に挟まれた時代である。作中でも戦争直前であることを暗に示しているシーンが配置されている。例えば、特高警察に二郎が目に付けられて会社がそれを匿うシーンや、おそらくはドイツのスパイだと思われる人物との出会いや会話がそれにあたるだろう。そのドイツ人は、自分と二郎が会話を交わしている軽井沢という地を「魔の山」と言う。ここにいれば、日本のこともドイツのことも忘れる。けれども、両者は破滅の道を進んでいる。

僕たちはこの作品をどのように受け取ればよいのだろうか。まず「今は戦前である」という認識をどのように受け取るのか。宮崎監督はその現状を必然的な帰結として捉えている。そうなっていくことを想定しながら、これまでも作品を作り続けてきたのだと。もちろん、この認識に対する見解も様々だろう。僕はこの作品を観た直後、どのように解釈して良いのか戸惑ったのだが、その戸惑いはその諦念に対するものだった。僕はまだ、それを素直に受け入れることができない。「戦後レジームからの脱却」。それが現在、目指されていているのは確かだ。この日本という国は、そのための政権が樹立し大きくそちらの方に舵を切っている。しかし、その変革のタイミングは、当然、危うさも含んでいる。この「戦前」をどのように乗り切るのか。この作品はその一つのアティテュードと言えるかもしれない。

僕たちはピラミッドのある世界に住んでいる。それは確かなことだ。その世界のベクトルがどのような性質を持つものか歴史を見ればある程度の予測はできるだろう。かつて、冷戦期と呼ばれる時代があった。それはつまり、「資本主義国」と「社会主義国」の実験と闘争の時代だ。そこで前者が勝ったわけだが、その大きな要因のひとつは、人間の欲望の力を過小評価した、ということだろう。僕たちはこの過剰な欲望にこれからも付き合っていかなくてはならない。そしてそれは、時として「美しさ」として現れる。つまりもはや、「生きろ。」では充分ではない。「生きねば。」、ということなのだ。

(了)

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【中川康雄(なかがわ・やすお)】
表象・メディア論、及びコミュニティ観察。
インディーズメディア「未来回路」主宰。
Twitter:insiderivers
個人ブログ:https://insiderivers.com

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