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モバイルハウス 三万円で家をつくる (集英社新書)

建築物は多く余っている状況なのに、いつまでも同じ方法論で作り続ける建築業界に疑問を持った坂口氏。そんな彼は路上生活者の家と出会う。そして、そこに別の「住まい」のかたちを発見するのだ。

現代社会では、この建築という観点から見出された坂口氏の疑問と同じような矛盾が散見される。例えば、コンビニでは毎日、大量の賞味期限切れの食べ物が廃棄されている。貨幣経済における合理性に基づいて、そのような無駄とも思える状況が起こるのだ。そんな風に浮かび上がってきた問いをきっかけにして、普段は後景化している様々な綻びが発見される。その綻びの一点を押し広げることによって、そこから新たな世の中の見え方を獲得していく。

もちろん、これだけ多くなった人口を支えるために、巨大なインフラやシステムが大きな役割を果たしていることは確かだ。しかし、あまりにそのシステムに依存していると、それ以外のあり方への想像力をなくしてしまう。そのような凝り固まった思考や身体に柔軟性を取り戻すこと。それこそが重要なことなのだ。つまり、本書で紹介されているモバイルハウスに全ての人が住む必要性があるわけでない。そのような別の観点を獲得することによって、思考回路を活性化することが大事なことであるのだ。

本書でテーマであるモバイルハウスという「住まい」は、家の種類や値段のグラデーションを作るということも一つの目的としても提唱されている。つまり、そこにはライフスタイルを多層化するという発想がある。坂口氏のサバイバル技術で特徴的なのは、法律やシステムを変えるのではなく、自らの視点を変化させることによって見えてくる風景を変えるというところ。既存のシステムを変更していくのは法律家や政治家の仕事であり、世論の形成を促すメディアなどの仕事であろう。しかし、それらは坂口氏が疑問を持っているシステムの上に乗ったかたちで機能している。それならば、そのシステムとは別のあり方を探らないと問題の根本的な解決にはならないはずだ。もし、その既存のシステムと同じかたちで「革命」を起こそうとするなら、力によるせめぎ合いになるし、その結果として多くの犠牲者が出るのではないだろうか。坂口氏はダンゴ虫の住む場所を荒らしてその上にコンクリートを流し込むような建築は何処かおかしいと考えていた。だからこそ、そのシステム自体から距離を置き、ゼロから考え始める必要があったのだ。

それから坂口氏はモバイルハウスという小さな家を住処として捉えながら、都市全体へと思考を走らせていく。都市自体を自分の家のように利用すること。たとえば、公園、図書館、カフェなどを生活空間のシェアの観点から都市の構造やそれが伴う幸を眺めるのだ。本書ではそれを「一つ屋根の下の都市生活」と呼び、そこから「新たな公共」や「自治」の可能性を紡ぎだそうとしている。これらの思考や活動は、結果、今の単一的な都市生活とは別の有機的に構築されたレイヤーを形成していく。そして、もともとの支配的に見えたレイヤーを相対化し、新たなレイヤーは既存のレイヤーと「交易」を始めるのだ。

(了)

【中川康雄(なかがわ・やすお)】
表象・メディア論、及びコミュニティ観察。
インディーズメディア「未来回路」主宰。
Twitter:insiderivers
個人ブログ:https://insiderivers.com

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