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この記事の所要時間: 54

日本がアメリカに勝つ方法: 日本経済、大反撃のシナリオ (犀の教室)

まずこの引用から始めたい。

戦争時代に近隣諸国において悲劇的なことを起こしてしまった被害者の人たちに対する反省を本当に貫き通すためにも、そして靖国に眠られている英霊たちが「この世界全体の中では犯罪者」扱いされ続けるのではなく、人類史全体の押し合いへしあいの中で、時代に翻弄されながらも必死で生きざるを得なかった純粋な魂そのものであると堂々と世界に対して胸を張れるようになるためにこそ、私達は「次こそ」は、「どこまでも純粋なほんとうのこと」のために立ち上がらなくてはならないのです。(p.293-294)

この文章を読んであなたはどのように思うだろうか。これは本書の最後の方に書かれたものだが、最初に読むと一種のリトマス紙のようなものとして機能するかもしれない。ここでは政治思想において対極にあるようにみえるリベラルと保守をハイブリッドした風景を描き出しているように見える。そして、これが本書の指し示す未来の日本のビジョンなのだ。読み進めていく中で、このビジョンが成り立つバックグラウンドを理解していくことができる。

正確にはこの二つの政治思想だけではなくほとんど全ての立場の上位に、ある「ゲームのルール」を設定することによって、相反しつつもまとまる形を作っていくのだ。そのルールとは、「みんなのためになること」。本書ではそれを新しい合意形成のあり方として設定し論を進めていく。

これはただの綺麗な正論と思われるかもしれない。そんなことは誰もが一度は考えることで「現実」はもっと複雑でなかなか収拾のつかないものなのだと。しかし、著者はその正論を歴史的な流れの中での必然として捉えるのだ。その正論が新しいのルールとなっていくのには根拠があることを示していく。そして、その根拠がタイトルの「日本がアメリカに勝つ」根拠なのである。

その根拠はこうだ。現在、「アメリカ的なものをゴリ押しし続ける」ことが段々できなくなってきているが、アメリカはもはやその道から降りることができない。ここにアメリカの覇権が後退している原因がある。その「ゴリ押し」というルールが通用しなくなったのは、「無視して踏みにじったもの」が、逆側に盛り上がり「強大な敵」となってしまうから。そして現在、新しいルールが必要となってくるわけだが、そのルールと考えられるものが日本にとってとても都合の良いものである、ということなのだ。

つまり、今までのルールの覇者であるアメリカが新しいルールに上手く適応することができず、しかも、その新しいルールは日本にとって得意のルールであるということなのである。これが「日本がアメリカに勝つ」ということの根拠なのだ。経済規模とかで勝つとかではないものの、上手く時代の波に乗れて世界をリードすることができるのではないか、そのポテンシャルが日本にはあるよ、というのが本書の主張なのだ。

世界秩序が大きく塗り替えられていく中で、まぁ、日本も上手くソフトランディングすることのできる道くらいはあるだろうな、くらいにしか考えてなかったので、この「勝つ」とか「世界をリードする」とかの発想はとても新鮮なものに感じられた。

面白いのは、著者は哲学や思想といった人文系のマイナーな分野が持つ社会的な役割を、非常に高く評価しているという点だ。

「思想」みたいな分野なんて地味すぎて全然影響力がないように見えますが、その分野と「新聞などの自称ハイソな言論メディア」は今でも密接な関係があるんで、「思想」レベルで根幹部分の完全な基礎が固まらないと、たとえば新聞の記事を書く役割の人たちだって「その先」が、わかってても踏み込めないんですよ。(p.206)

つまり、理論的なバックグラウンドが固まってからマスメディアがそれを取り上げることによって、世の中の空気というか潮流に影響力を発揮する。だから、まずその基礎理論的なところが大事なのだ、というのである。この部分は人文系を自負する人たちをエンカレッジするところなのではないだろうか。しかも、それもまた、日本というなんでも飲み込んでしまうグダグダのポストモダン状況を生きてきた知識人だからこそできる仕事なのだ、と持ち上げる。

よく考えると本書では、基本的に日本における様々なクラスタの人たちを褒める姿勢によって貫かれている。リベラルも褒めるし保守も褒める。そして、あまり社会には影響力を持たないと思われがちの人文系もそんなことはないと褒める。本書を読んである種の高揚感を得られるのは、たぶん、自分の価値をちゃんと認められることによるものなのかもしれない。つまり、本書の中で著者は自らの理論の実践をしているのだ。

倉本さんは、京都大学を卒業後にマッキンゼー入社といういわゆるエリートコースを経験している。しかし、自分が進む道において、社会の真のリアルを見ることが必要だということで、ホストクラブやカルト宗教団体等にまで潜入したりして参与観察やフィールドワーク、実験や実践を行ったという経歴の持ち主だ。この社会階層の横断性こそが本書の理論とその実践の説得力の源になっているのではないだろうか。

本書を読みながら、「みんなのしあわせを考える」ことをグランドセオリーとしたパラダイムにおいて重要になってくるのは、例えば「データジャーナリズム」なのではないかとか、また京都学派の哲学者・西田幾多郎の「絶対矛盾的自己同一」のことを思い出したりなど、多くの記憶が刺激された。そのように記憶が再編成されていく中で、世界の未来の可能性のひとつをイメージすることができたような気がする。

日本がアメリカに勝つ方法: 日本経済、大反撃のシナリオ (犀の教室)
倉本圭造
晶文社
売り上げランキング: 22,308

(了)

【中川康雄(なかがわ・やすお)】
表象・メディア論、及びコミュニティ観察。インディーズメディア「未来回路」。
Twitter:insiderivers
個人ブログ:https://insiderivers.com

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