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この記事の所要時間: 240

タモリ論 (新潮新書)

タモリの凄さについて「よくわからない」という「タモリ不感症」の人たちも、いつか必ず、タモリの圧倒的なスケール、達人ぶり、その絶望の深さを知るときがきます。
僕はそれを「タモリブレイク」と呼んでいます。
(p.34)

新宿駅の東口出口。その正面に『笑っていいとも!』の収録場所であるスタジオアルタがある。その存在は、新宿に辿り着いた多くの人たちがはじめに意識するもののひとつだろう。

待ち合わせや歌舞伎町方面へ遊びに行く時、仕事関係や区役所に行く時など、新宿東口に行く目的は様々だ。けれども、街に来た目的は何であれ、皆、横断歩道の信号が青に変わるまで、何となくアルタの街頭ビジョンを眺めた経験があるのではないだろうか。

そのように、スタジオアルタは新宿のシンボルのひとつとして機能している。そして、スタジオアルタと言えば、『笑っていいとも!』であり、『笑っていいとも!』といえば、「タモリ」だ。つまり、新宿東口方面の街には、潜在的にタモリのパブリックイメージが織り込まれていると言えるのではないだろうか。

本書の著者はタモリを「絶望大王」と呼ぶ。自分にも他人にもまったく期待しておらず、だからこそ、30年以上も空虚な番組をやり続けて発狂しないでいれたのだと。新宿という街もまた、狂いそうな状態でありながら、またどこか達観し冷めた街なのではないだろうか。

考えてみたら、私の個人的な経験にしても、タモリのパブリックイメージと新宿東口のイメージはシンクロしている。新宿東口は様々な出来事とのエンカウント率が増大する街なのだが、それが何かしらの生産性につながるという期待のようなものが、全くと言っていいほどない。つまり、新宿東口方面をかなり純度の高い「娯楽」の街として認識しているのである。そして、私が東京で過ごした時間の中で、一番長い時間過ごした街は、間違いなくこの新宿という街であろう。

新宿という街は、これから、タモリというパブリックイメージと共に歩んでいくことをやめた街と言えるかもしれない。その変化が意味するものは何なのか。新宿にいる時にはその何かについて、しばらく頭の片隅で考えてみたい。

また、『笑っていいとも!』は終了したが、深夜の人気番組『タモリ倶楽部』は現在も継続している。この場所に囚われない番組が、タモリが新宿東口という歓楽街に果たした役割を探し出すための手掛かりになるかもしれない。

現在、タモリについて沢山の書籍や論考が生まれている。それらは私たちを、表象の奥深さに誘ってくれるのではないだろうか。本書はその入り口としてお勧めすることができる。

タモリ論 (新潮新書)
タモリ論 (新潮新書)

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樋口 毅宏
新潮社
売り上げランキング: 720

(了)

【中川康雄(なかがわ・やすお)】
表象・メディア論、及びコミュニティ観察。インディーズメディア「未来回路」。
Twitter:insiderivers
個人ブログ:https://insiderivers.com

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