1.
急激な変貌を遂げている現代の中国社会。その中でひたむきに生きる人々が、もがき苦しみながら自死や犯罪の当事者へと追い込まれていく。本作品はその姿を、誰もが足を踏み入れかねないものとして、日常生活とシームレスに繋いでいきます。
そのために、武侠映画という手法がとられているのです。作中で中国の古典芸能である京劇が何度か登場しますが、そのシーンはこの物語が武侠ものであることを補強しているようにみえました。そこでは伝統的な道徳観と出来事の経緯とが現在形で共振しています。
その京劇を眺めている人々の表情や佇まいがとても印象的です。それは失われていくものを見つめているようにもみえ、また、内在的な願望をも映し出しているようでした。まるで犯罪行為へと走る主人公たちと、深層心理を共有しているかのようにみえました。
2.
山西省・烏金山に暮らす炭鉱夫のダーハイ。重慶に妻と子を残し出稼ぎのため村を出たチョウ。勤め先の風俗サウナの受付係として働くシャオユー。広東省の縫製工場で働くシャオホイ。
本作品では、この4人の物語がそれぞれ別々に描かれていきます。互いは具体的な接点が設けられておらず、すれ違うような点としてのリンクは張られている程度で、基本的には有機的に物語が重なり合うことはありません。それぞれの物語はまるでバトンタッチでもするように、非連続なまま接続されていくのです。
4つの物語は、現在では5億人以上のユーザーがいるという中国版Twitterの「微博(ウェイボー)」で話題になった多くの事件の中から、監督が特に気になったものをピックアップして、それにヒントを得て構成されたものとのこと。
本作品は、中国では封切り直前に公開中止となり、現在でも公開の目処は立っていないそうです。変わりゆく社会に対する不満の矛先が政府批判へと向かいはじめることを警戒している、ということかもしれません。
4人の物語の重ならなさは、「微博」での繋がりの中で可視化された物語とこの公開中止という事実と合間って、そのまま今の中国という国の現実の一部を現しているようです。
3.
冒頭のシーン。
山道に横倒しになった大型トラックの荷台からこぼれ落ちている大量のトマト。それらは村から町へと運ばれて、貨幣に交換される予定だったのかもしれません。
真っ赤なトマトが大量に転がっているその光景は、貨幣経済の社会システムという身体のほころびから流れ出た血液のようでした。そして、ダーハイはそのトマトをひとつ囓り、チョウはその光景に立ち止まり振り返るのです。
転倒したトラックからこぼれ落ちるトマトの赤は、そのまま惨劇の現場に流れる血の赤との連続性を感じさせます。けれども、時代の荒波に翻弄され傷付いていく人々もまた、暴力を振るう当事者として無縁なわけではないことも、作中に匂わされている。
それは例えば、村人が生きた鴨の首を刃物で切って血を搾るシーンであるし、また、夫を殺された妻が自分の会社で雇う労働者に面接で直に向き合う姿でもあるのかもしれません。
4.
本作品中に数ヶ所ほどキリスト教のイメージが使用されているところがあって気になりました。
例えば、走っているトラックの荷台に積まれている聖母マリアの絵画や、荒れた土地に佇む数人のシスターの姿。そして、ラストシーンにある京劇のセリフもまた、そのようなイメージと重ね合わせることが可能だと思われます。
それらがどのような意図で配置されているのかは分かりません。けれども、僕の頭には、その解釈についての2つの可能性が浮かびました。
ひとつは、資本主義社会の代表的な宗教ともいえるキリスト教というものを、グローバリゼーションの影として配置するという意図。もうひとつは、そのイメージを中国の伝統的な道徳観とシンクロさせることによって、その物語に世界的な普遍性を持たせるという意図です。
前者も後者も、映画作品としてのグローバルな戦略と無縁ではないことは容易に予想されます。つまり、中国国内と国外(特に米国や欧州)の双方に届く回路が仕込まれているということなのかもしれません。それはまた、この映画において、決定的に重要な要素だと思われます。
つまり本作品は、国内問題をうまく表象させながら、国際的にも通用する普遍性を持たせ、さらに当事者の目線に寄り添うことも手放すことがないのです。この3つがひとつの作品の中で成立可能だということが、創作の凄さだと思いました。
まず、日常生活と犯罪行為をシームレスに繋ぐことのできる想像力を、私たちはこれから育てていくことができるのでしょうか。わけのわかない出来事が増えているのではなく、私たちの想像力が現状の変化についていけてないだけなのではないか。そのことを再び考えさせられました。
以文社
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(了)
【中川康雄(なかがわ・やすお)】
表象・メディア論、及びコミュニティ観察。インディーズメディア「未来回路」。
Twitter:insiderivers
個人ブログ:https://insiderivers.com
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