今回は、珍しく商業誌でない作品について書いてみたいと思います。
この場所は、インディーズとかメジャーとか、特に隔てなく並べてみることも目的のひとつだったので、その意味では、原点回帰とも言えるかもしれません。って、今思い付きました。
『パラ人』は、京都で2015年に開催される国際現代芸術祭「parasophia(パラソフィア)」をきっかけに誕生したフリーペーパーです。「parasophia」の「magazine」だから、「parazine」。その発音に「パラ人」という日本語の表記を与えたのは、そこでは「人」が中心にいるから、と編集長(パラ集長?)の吉岡洋さんはおっしゃっています。
このフリーペーパーで多くの誌面が割り振られているのは、『パラ人』とはそもそもどういう媒体なのか、「parasophia」という言葉をどのように理解するか、という自己言及的な「雑談」です。その内容は、一見すると、苦し紛れというか、あれな感じのする人もいるかもしれません。しかし、これは、「知」というものを探究するにあたって、とてもオーソドックスな方法を使用しているのです。
この「雑談」を読んで、すぐに思い出されたのは、「哲学」という学問の存在です。具体的に個人名を言えば、ソクラテスのことを想起しました。ソクラテスは、「雑談」の中から、「philosophy」(知を愛すること)を見つけていきましたが、ここでは、「雑談」の中から、「parasophia」とは何かを見つけようとしている、わけですね。
何故、そのようなスタイルをとっているのでしょうか。
それは、現代の日本社会において支配的な「知」のあり方が、ソクラテスが批判したソフィストの「知」のあり方に重ね合わされているからだ、と推測することが出来ます。
本文中にも登場していますが、ソフィストとは、ペルシア戦争の後からペロポネソス戦争の頃まで、主にギリシアのアテナイを中心に活動していた、金銭を受け取って徳を教えるとされた弁論家・教育家のことです。
(wikipedia参照:https://ja.m.wikipedia.org/wiki/ソフィスト)
ソフィストにとっては、問答競技の方法に過ぎなかった弁証法を、ソクラテスは、「無知の知」の自覚のために、真理の探求に向かわせるために使用したのです。
この「雑談」がどこに着陸するのか、はたまた、さらにどこか天高く舞い上がっていくかは分かりません。けれどもこれは、ちょっと大げさに言えば、現代における正統な「哲学」の再起動の試みと言えるのではないでしょうか。
あと、最後のページの「パラ人の歩み」と称する年表が面白かった。「京都国際現代芸術祭組織委員会設立総会」の日から現在に到るまでの歴史が書かれているのですが、そこには、このフリーペーパーの製作に携わっている人たちの生活が、大小の歴史の合間で、ちょこちょこと頭を出しているように見えます。
プロタゴラス―あるソフィストとの対話 (光文社古典新訳文庫)
光文社 (2010-12-09)
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※現在、『パラ人』PDF版のダウンロードはこちらで可能です。
→https://www.parasophia.jp/publications/
(了)
【中川康雄(なかがわ・やすお)】
表象・メディア論、及びコミュニティ観察。インディーズメディア「未来回路」。
Twitter:insiderivers
個人ブログ:https://insiderivers.com
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