「いつの間にか聴こえなくなってしまった声の元へ」、『棄国子女』(片岡恭子 著)

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棄国子女: 転がる石という生き方

「命よりも大切なものなんてない。人生は一度しかない。刷り込まれた幻想に振り回されるのはやめよう。」(p.11)

「旅」という行為には、人それぞれ、様々な意味合いがある。それは人生そのものと考える人もいるだろうし、また、日常から離れてリフレッシュする手段のように考えている人もいるだろう。

本書の著者、片岡さんにとって、それは生きづらい日本社会のしがらみから離れるための方法だったのではないだろうか。そして、その心理的にも空間的にも離れた場所で生きることが、「棄国子女」になる、ということなのだ。

この「生きづらい」という言葉。この言葉を最近、耳にすることが少なくなったのは何故だろう。

例えば、1990年代半ばあたりから2000年代のある時期まで、この言葉は、その時代を生きる若者たちの心理を象徴するような響きを持っていた。その頃に、多くの自助グループが生まれていたし、その中の一部は自己啓発や新興宗教といったものに吸い寄せられたりもしていたように記憶している。

その軋みというか呻きのようなものが、いつの間にか公共空間の中からほとんど聴こえなくなってしまっていた。いつの間にかサバイバルが恒常化し、それぞれの所属するトライブの中で生息するスキルを持つことが前提になっていた。おそらく、その中からこぼれ落ちたものたちは、それまで以上に目につきにくい存在になっているのではないだろうか。

本書は、「こうであらねばならない」という多くのしがらみに憑り殺されそうになった著者が、そこから抜け出していく過程が描かれている。そして、その少し離れた場所から、そっと他者に手を伸ばしているのだ。

「一人でも多くの同志を『ここではないどこか』へ逃がすために、生きづらい日本を生きるあなたに向けて書こうと思う。」(p.11)

棄国子女: 転がる石という生き方
片岡恭子
春秋社
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(了)

【中川康雄(なかがわ・やすお)】
表象・メディア論、及びコミュニティ観察。インディーズメディア「未来回路」。
Twitter:insiderivers
個人ブログ:https://insiderivers.com

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