「この世は三十路女のための教科書を沢山つくってくれている」、『ピスタチオ』(梨木香歩 著) 評者:北原しずく

この記事の所要時間: 312

ピスタチオ (ちくま文庫)

 久々の梨木香歩さんの新刊。「西の魔女が死んだ」で有名な、優しい物語を紡ぐのが上手な作家さんのひとりです。
 が、今回の梨木本はこわかったです。凄味があります。あらすじは書店に行って裏表紙を読みましょう。笑
 彼女の作品は、全体的にふわふわおっとりしているけれど、とても冷静で、動じるところがなく、まるで鍋を吹き溢してしまった自分を3メートル上空から他人事のように観察している書味です。ここまではいつもの梨木節なのですが、今作品は、接合しているはずの運命が拒まれているような、そんな感覚がします。こわい感じはこの違和感からだと思いました。
 文体が優しく、小さな感情を丁寧に拾い、かつ分かりやすい言葉で率直に表現をしていたのは救いです。ああいつもの梨木さんだ、と、ほっとします。少し心が荒んでいるとき「こうして棚ボタでも慰められることが起きたとしたら、人類捨てきれないなあ」と、ゆるゆると元気を取り戻せる癒し作家さんだったので、不吉な予感がしようが人が死のうが、未知との遭遇があろうが、嫌な感じをそのまま書くことはあまり無かったように思うのですが、随分と暗がりを書くのが上手になった、の、ね……。

 女性の作家さんは筆の変化が分かりやすいので、年月を追って読んでいくのが面白いです。よく「女の曲がり角」といいますでしょ? アレがねえ、本当に出る。笑
 変わり方について、先人の佳き表現として「三十路女のハマる三つの闇」っていうのがあります。では声に出して読みましょう。

不倫! 宗教! 占い!

 はいこれがお手元の教科書に太文字で書かれている重要な単語です。ここはテストにでるところです。人生の歯車を音立て狂わす魔法の落とし穴です。これからハマる人も、ハマった後の人も、よく学びましょう。大丈夫です。この世は三十路女の行く先を憂いて沢山の教科書を作ってくれました。癒し系と看做していた梨木さんですら、です。この世は純粋無垢である事が難しく、エロかオカルトかノータリンに至るのですね。さよなら少女性。私は安心して道を踏み外す(29歳)。
 という訳で、梨木さんはどこへ向かったかと言いますと「オカルト」ルートを選択したようです。判断は単純に、素材です。呪術、医療、運命(ワードだけを取り出したら田口ランディさんみたいですが、底意地の悪い猥雑な描写はなかったです)。
 主人公の飼っている犬の名前が「マーサ」というのもあざといなと思いました。マーサってマルタの英語形でしょ。思い浮かんだのがマルタ騎士団でした(簡単に説明すると医療活動をしているカトリック信徒組織のことです。アフリカ全土に出向いていました。国レベルの力を持っていました。バチカンみたいな感じかな)。やりすぎだろ〜と茶化してしまいました。

何だか長くなってしまいました。
まとめると「梨木さん変わりましたね?」という感じです。是非、デビュー作から追って読んでみましょう。

完読時間:2〜3時間(通勤80分×2日分。)
コスパ:一気読みがおすすめなので、新刊で買うと損した気分。が、ちくま文庫でこのお値段は余り見ないお安さ。ちくま文庫を棚に増やしたいならいいかも知れない。笑
星:★★★☆☆(2.5くらいかなぁ……)

ピスタチオ (ちくま文庫)

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筑摩書房
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(了)

【北原しずく(きたはら・しずく)】(@cuww)
東京女子大学現代文化学部卒。20代独身メス負けそう組。広告会社を皮切りに、ころころ職を変え続け、現在は毛糸業界に身を潜める一方で、金の稼げない物書き業を営む。

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