「〈島〉の住民たちに〈海面下〉のことを伝える人びと」、『コミュニティ難民のススメ』(アサダワタル 著)

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コミュニティ難民のススメ ― 表現と仕事のハザマにあること ―

1.リスクヘッジとアイデンティティの喪失

 

著者のアサダワタルさんは、フワッと何かに護られいるような印象を受ける人だ。もちろん、それは僕の主観にすぎないわけだが、本書を読んで何故自分がそう思うのかが分かったような気がする。

それはつまり、ひとつの業界、コミュニティといったものに依存しなくても何とかやっていける人だということなのだ。まだちょっと、わかりにくいと思うのでもう少し説明してみよう。

複数の場所に足場があって、たとえ、その中のひとつが何らかの理由で失われたとしても、とりあえず、致命的な結果にはならない、ということなのだ。そのような強さは、Web上の情報ネットワークに似てるところがあるかもしれない。

それはリスクヘッジとしても非常に理に叶っている。けれども、本書で「コミュニティ難民」と称されるこのような依り処が複数化したような状態は、リスクヘッジとだけでなく、アイデンティティの喪失というかそういう不安と隣り合わせでもあるということなのだ。

 

2.「コミュニティ難民」というイメージのありか

 

けれども、そんな心理的な苦悩もここではとりあえず、横に置いておこう。なぜならば本書は、そのよく分からなさを少しわかるように説明することがひとつの目的でもあるからだ。ということで、この「コミュニティ難民」という概念の内実に移ってみよう。

ここではコミュニティというものをひとつの〈島〉としてイメージしている。そして、「コミュニティ難民」とは、その〈島〉の住人にならずに、海上に舟に乗ってフラフラしているような存在なのだ。そして、その舟で様々な〈島〉を行き来している。言ってみれば、健全な海賊みたいなものなのだ。

〈島〉の住人たちにとっては、この「コミュニティ難民」が何者なのかよく分からない。警戒すらするだろう。ていうか、本人も自分のことをよく分かっていなかったりもする。

けれど、〈島〉の端っこにいたりする〈島〉の住民の中でも変わり者のような人は、この「コミュニティ難民」が海上を漂っている様子が見えるのだ。それで、彼らを〈島〉に呼んでみたりする。このことにより、「コミュニティ難民」はその〈島〉の住民たちと交流を持つことになるのである。

 

3.〈島〉の住人たちに〈海面下〉の様子を伝える

 

「コミュニティ難民」は、〈島〉の住人たちに声をかけてもらったりして、そこで生活の糧を得ることもできるわけだ。けれども〈島〉の住人からしたら、「コミュニティ難民」は何をもたらす存在なのだろうか?

そのひとつは、〈島〉をちょっと距離をおいて眺めることができているので、「マレビト」としての効果も望める、というのがあるだろう。

「マレビト」とは、他の世界から一時的に来訪する存在のことをいう。これは民俗学者の折口信夫の思想体系を語る上でも重要な役割を果たす概念であり、彼らは外からの風として、コミュニティ内の代謝やバランス感覚の維持に貢献したりもする。

彼らが重要なのは、コミュニティの〈島〉と〈島〉が海面下で緩やかに繋がっていることを知っているからだ。そのつながり方は、海上にいないと見ることが難しかったりする。けれども、それらが〈島〉から見えにくいといっても、海面下で起こっている変化はやがて〈島〉の日常にも及んでいく。

その海面下の変化、海面下の絶景を〈島〉の住民たちに伝えること。それが「コミュニティ難民」たちが持つ重要な社会的機能なのだ。コミュニティとコミュニティの間にある境界線上にいることによって、そんな機能を担うことができたりもする。

 

4.より多くの人びとに〈海上〉の様子を伝える

 

本書はそんな風に、「コミュニティ難民」という概念をあれやこれやと説明していくという内容になっている。例えば、小説家・平野啓一郎氏の「分人主義」などのアクチュアルな話題とも重ね合わせられながら、快調にその輪郭を露わにしていくのだ。

今でも「コミュニティ難民」としての実存を抱えるアサダさん。そして、そんな彼だからこそ、見えてくる風景や人があり、それがこの本の中で可視化されているのだ。

この本では、「コミュニティ難民」としての度合いが強いと思われる具体的な人びとの紹介に多くの紙面が割かれている。その人びとを点とすると、その点と点を結んで、ひとつの星座を描き出しているのだ。だから、ここで著者は〈海面上〉の様子を読者に伝えている、と言えるかもしれない。

〈海上〉の漂ったり、〈島〉と〈島〉を移動し続ける舟「アサダ丸」。しかし、その舟もまた、結構立派な舟なのかもしれない。他に例えば、今にも穴が空きそうな舟とか、もうすでに舟は沈んでしまって海を泳いでいる人といるかもしれないし、海底を歩いているかもしれない。そういう人たちは海中で狩猟採取生活をしているわけだから、〈島〉との交流はほとんどないだろう。

その意味で、本書で紹介されている「コミュニティ難民」たちは、ひとつのコミュニティを生成しつつある過程にある人たち、とも言えるのかもしれない。そしてまた、そこには新たな「外部」が生まれるのである。

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(了)

【中川康雄(なかがわ・やすお)】
旅とWebとCultureと。もともとは現代思想やアンダーグラウンドカルチャーといった比較的抽象度の高いジャンルにいたり。関心領域は、Philosophy、Sociology、Media、Art、海外放浪、ソーシャルグッドなど。
Twitter:insiderivers
個人ブログ:https://insiderivers.com

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