日系移民と聞いて思い出すのは、ずいぶん前にオーストラリアのバイロンベイという町のゲストハウスで出会った、ブラジルから来たとある旅行者のことだ。そこにいた日本人の旅行者たちの輪の中には入ってこず、けれども、その輪の中に入るのが嫌だったわけではないのは、その表情や佇まいから容易に想像ができた。日本語をほとんど話せなかった日系移民の子孫である彼は、まるで自分の遠い先祖に出会ったような眼差しでこちらを見つめていた。近くて遠い、と表現したらいいだろうか。懐かしくも愛おしい存在とそこからの距離。その時のことは今でもはっきりと覚えているが、その体験を私はいまだうまく消化できずにいる。ただただ、時折思い出す。
本書は、劇作家であり演出家である神里雄大氏の南米紀行文だ。沖縄からペルーに移住した先祖を持ち、リマで生まれた彼が、ペルー、アルゼンチン、ブラジル、ボリビアと南米の国々をめぐりながら「日系移民の子孫たち」を訪ねていく旅の記録がつづられている。
旅の記憶は、書籍や映画、演劇と同じように、植物の種子のように生きたまま体内にとどまる。とくに旅はその体験の中にどっぷりと24時間浸かるわけだから深く身体の奥に残っていく。その記憶の種がどのような芽をだしていくのかわからないし、芽はでない可能性だってもちろんある。しかし、私が出会った旅行者のように、繰り返し立ち現れては向き合い続ける記憶というものもあるのだ。その種の記憶は、おそらく他人と共有することは難しい。いつまでも忘れられない体験や出会った人の忘れられない表情。それらに応答することが、自分の現在地の確認作業にもなっていく。その意味で、旅もまた終わってからがはじまりなのであろう。
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Yasuo Nakagawa
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