本書の著者は、情緒豊かな言葉のセンスで有名なYouTuberのにゃんたこさん。孤独の輪郭をなぞるようなその文体には、そこかしこに映画や音楽、小説などのさまざまな痕跡がみてとれるのだが、とってつけたようなものではなく、彼女の日常生活の中で咀嚼されて身体の一部になっている。どちらかというと軽いタッチのエッセイ集なのだが、どこか諦念に満ちていて、いい感じに人文学的なカルチャーと自堕落とも思える日常生活がハイブリットを果たしていて心地よい。
「戻りたい一日が、いくつもあった。
でも、たったの一度も、戻れなかった。」(p.005)
思えば間違いの多い人生だ。人間はトライアル&エラーで多くを学ぶ生き物ではあるが、どうしても間違えたくない瞬間があることも事実で、そんな時でも間違う生き物であるという運命に抗えない。例えば球技において、どんな名選手であってもシュートすることとゴールすることが同じではないように、いつも正確な選択はできないのだ。人間にとって、時間の流れはそれほどゆったりしてないし、未来を見据えて常に正しい選択ができるほど賢くもない。
間違えていても一生気づかないでいることも多々あるだろうし、間違えたことを忘却の彼方へとおしやることもあるだろう。
物語ジャンルとして「ループもの」が成立してある程度のリアリティを持ちえるような時代でも、生まれ落ちてからずっと変わらない人間のポンコツさと人生の一回性は、私たちの実存に深く関わり続けている。果たせなかった願いや取り返しのきかない失敗が、この世界で生きることを固有で特別なものにしている。私たちは反復不可能なものの集合体としてここに存在していて、取り替え不可能な個人として屹立しているのだ。
「正しくいたいと思う。世の中がどうとか、周りがどうかとか、全然関係ない。自分が正しくいたいと思う。自分の正しさを、他人に求めなければいい。声を上げて主張するようなものなんかじゃなく、自分だけが知っていればいい。」(p.140)
すでに世界トップクラスの経済や政治、テクノロジーの国であることを諦めたようにみえるこの日本という国において、激しい競争の最前線とは別のところで育めるもののひとつは、現状をありのままに生きて、それを正直に表現することのなかにあるのかもしれない。過去の文化人たちがそうであったように、それらは脈々と受け継がれていくもので、動画配信の文化のなかにもたしかに息づいているように感じられる。
ちなみに本書の中で一番印象的な箇所は「岡奈なな子」のところ。この次に読んだ本は『余計なものもいとおしくて』(岡奈なな子)になりました。
(了)
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