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 資本主義が始まって以降、欧米諸国における経済社会モデル構築の軌跡は「市場」と「国家」の間の主導権を巡る歴史だった。

 本書では、「市場」と「国家」のありかたの既存のモデルとして「市場主義1.0」と「市場主義2.0」の2つを挙げ、その先にある新しいモデルを構想している。そしてそれを、日本における成長社会の基本原理として提唱しているのだ。

 「市場主義1.0」とは、レーガン・サッチャー政権下の米英両国で採用された新自由主義に基づく経済社会モデルをいい、「市場主義2.0」とは、戦後の北欧に原型があるケインズ型福祉国家モデルのオルタナティブとして開発された経済社会モデルのことをいう。

 この2つが現実を通じて鍛えられ、互いに影響し合うことによって収斂の方向がみえてきたもの、それを現在での到達点として「市場主義3.0」という経済社会モデルが構築されることになる。

 「市場主義3.0」の基本的な特徴は以下のようになっている。

①産業システムとしては、公的規制の緩和・撤廃を進め、企業の新陳代謝を促進して時代の要請に合う形で産業構造の転換を図る。既存産業分野を公的に保護しようという発想は基本的に有しない。

②労働市場システムとしては、産業構造転換に伴う労働移動を促進する。公的な職業紹介・職業訓練は公平にサービスの提供は民間事業者に任せる。

③環境制約を経済成長の促進要因としてとらえ、環境保全と経済成長の両立を目指す。北欧のデカップリングの考え方や米国のグリーン・ニューディールがその具体的な形である。

④社会保障システムとしては、年金・医療・介護分野など引退世代向けについては給与を抑制する。一方、保育や職業訓練など現役世代向けについては費用を公的に負担して社会的公平を保障する一方、サービス供給主体は民営を基本として競争を促進する。

⑤国と地方の関係では地方分権を進め、地域経済の自立を目指す。中央から地方への財源移転はナショナルミニマル対応分に抑え、各自治体で行政サービス内容と負担との選択が行われる。

 「1.0」と「2.0」の違いは、社会システムの面である。前者は市場メカニズム、後者は行政によるサービス提供を基本原理としている。経済システム面では、両者とも市場原理の重視という共通基盤を持つ。

 一般的なイメージとして、「サスティナビリティ」と「経済成長」は二律背反の関係にある印象をまだ強く持たれがちだ。それは冷戦下における政治のヘゲモニー闘争のイメージがいまだ抜け切れていないということでもあろう。だが、その2つの同時実現は可能である。その根拠として、北欧の事例が挙げられている。むしろ北欧の社会保障は高めの経済成長を前提としているのだ。

 ステレオタイプな形で「小さな政府」vs「大きな政府」、あるいは「新自由主義」vs「社会民主主義」のように正反対のものとして対比させることは、それぞれの成果を取り込みハイブリッド化していく上で足枷になる可能性もある。それぞれの社会モデルに固執し、それ以外を徹底的に排除するような全体主義的な社会運営の方向ではなく、トライアル&エラーの積み重ねによって構築する社会のイメージはもっと強く持たれても良いのではないだろうか。

 本書は東日本大震災の発生がきっかけとなって書かれている。その出来事に突き動かされるように描かれたビジョンでもあるのだ。日本でこの「市場主義3.0」が描かれることの切実さ、そのことを受け止めるだけでも本書を読むことの価値になるだろう。

 大きな出来事のあと、目の前の問題に対応するためにどうしても視野が狭くなりがちだ。けれども、差し迫った状況だからこそ、冷静に巨視的な視点で思考すること。そのことが結果的に様々な閉塞的な状況を打開していく上での近道となるのではないだろうか。

 

【中川康雄(なかがわ・やすお)】
文化批評。表象・メディア論、及びコミュニティ研究。
インディーズメディア「未来回路」主宰。
個人ブログ:https://insiderivers.com

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