1.「ソフトパワー」による国際戦略
本書で扱われているテーマは、「市場文化」と呼ばれるものである。
著者のフレデリック・マルテル氏は、フランスのジャーナリストであり社会学者でもある。
現在進行中のコンテンツのグローバル化とデジタル化は、世界の勢力分布を塗りかえ始めている。その変化に伴い、世界では「ソフトパワー」の覇権を巡るたたかいが始まっているのだ。
「ソフトパワー」とは、その国の有する文化や価値観に対する共感を得ることによって、信頼や発言力を獲得する力のことをいう。その対義語となる「ハードパワー」は、軍事力や経済力などの対外的な強制力を行使する力のことだ。
「ソフトパワー」で扱われるコンテンツは、「ハイ」でも「ロー」でも「アート」でも「エンターテイメント」でも構わない。マスカルチャーに到達すること、それがひとつの成立条件となっている。
2.「文化産業」から「創造産業」へ
この「ソフトパワー」に関わる産業を「文化産業」と呼ぶことは妥当ではないと著者はいう。メディアやデジタル部門を含む「創造産業」、または「コンテンツ産業」という表現が妥当である、と。
なぜなら、もはや単なる文化製品だけでなくサービスも重要で、文化だけでなくフォーマットなど複合的な問題が浮上してくるからだ。
それゆえ「文化産業」という枠組では、「ソフトパワー」を担う産業を包括することはできない。
3.「市場」と「非営利部門」
現在、「ソフトパワー」の分野で最もシェアを獲得している国はアメリカである。単独で約50%を占めているという状態だ。
ではなぜ、アメリカは文化大国になれたのだろうか。
本書ではその要因として、以下のようなものを挙げている。
・大学の研究に対する積極的支援
・州・市町村が行う公的助成
・無数にあるオルタナティブな場で育まれるカウンターカルチャー
・アメリカ社会に深く根付いた立身出世の思想と現実の社会的流動性が生み出す活力
・常識から外れたアーティストに対しても寄せる信頼
・社会的統合の実現とアメリカ流「文化の多様性」の推進
・民族コミュニティの驚くべきエネルギー
これらの中で重要なのは、教育・人材養成、イノベーション、リスク負担、創造性、大胆さ。そして、これらの要因が揃っているのは、大学であり、コミュニティであり、非営利部門である、ということだ。
つまり、市場とは無縁の世界、そして中心がなく分散した世界であることが重要なのだ、と結論付けている。
まだ日本という国は、この「ソフトパワー」を戦略的に使用し国際関係を築いていくことに長けていない。近年だと「クールジャパン」など、行政からのさまざまなアプローチはあるものの、それらは空転しているようにも見える。そのような日本の「ソフトパワー」戦略の問題点と今後の未来像を考える上でも、本書は参考になるのではないだろうか。
このメインストリームの形成を考える上で、都市社会学者のリチャード・フロリダの著作を参照してみるのも面白いかもしれない。地域発展モデルとして、クリエイティブ・クラスを重視する考えは興味深い。外交面と内需、共に充実する方向性を模索することが、やはり理想的だろう。
【中川康雄(なかがわ・やすお)】
文化批評。表象・メディア論、及びコミュニティ研究。旅人属性。
インディーズメディア「未来回路」主宰。
毎週月曜日に自宅ブックカフェやってます。
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