1、誠実な「読者」としての読み
著者の呉智英氏は、評論家で日本マンガ学会の現会長でもある。本書は著者の「吉本隆明」批評の現時点での集大成といえるだろう。「大衆」への視線という共通するプラットホームを持ちながらも、両者はその方法論において大きく異なっている。
思想家の吉本隆明氏は、1960〜1970年代に日本で大きな影響力を持ち、「戦後思想の巨人」とも称されている。基本的にアカデミックな経歴を持たず(最終学歴は東京工業大学電気化学科卒業)、独学で執筆活動や知的探求を行ったといわれ、その立場を思想的にも重視したため、「大衆主義」や「在野主義」が思考の重低音として響き渡っている。
現在、吉本氏の仕事は非常に高く評価されているといっていいだろう。しかし本書で批判されているのは、その評価は言論や思想の内容が正しく理解された上でなされているのだろうか、という点だ。吉本隆明という名前が、ある種のメルクマールとして機能していることは否定することは難しい。けれども、その思想の内容について厳密に読み込まれてはいないのではないか、という問いを発しているのだ。
それは「読者」としての誠実な読みでもあるだろう。
2、社会現象ではなく言論人としての「吉本隆明」
作家の鹿島茂氏は、「吉本隆明の偉さは1960年から1970年までの10年間に青春を送った世代にしか実感できない」と語ったという。
ある人物が影響力を持つに至るのには、その論理の緻密さや卓越性、正しさによってだけではないということを否定する人は少ないだろう。それらが受け入れら広められるためには、その影響力を形作る環境が必要となる。ここで先ほどの鹿島氏の言葉を重ね合わせて考えると、その言論の内実というよりもその時代に大きな影響力を持ったという事実がまず重要なのだとも読み取ることができる。つまり、「吉本隆明」とは社会現象であったということなのだ。
本書はその社会現象としての「吉本隆明」ではなく、その言論や思想の内実としての「吉本隆明」に焦点を当てている。そして、そのような観点から取り組むことこそが「吉本隆明」の遺産を相続するということでもあると著者は考えているのではないだろうか。何故ならば、吉本氏は言論人であったのだから。
3、「大衆」かつ「言論人」としての応答
もちろん、吉本氏を社会現象として捉えることが価値のないことではない。
ある社会現象が発生する時、そこには何らかの求心力のある集団が存在している。そこでは何らかの共通したコンテクストがあり、共感を形成していくのだ。また、その社会現象は集団が集団であるための紐帯としても機能する。つまり、何らかのコンテクストを補強し上手く回すためにも社会現象は働くのだ。それが「時代的感性」というものを可視化していく。そこから特定の時代のダイナミクスを読み取ることも可能だし、そこから思考を始めることも充分に可能だろう。
しかし問題があるとすれば、そこから何も引き出すことも出来ずにネタとして消費し、コミュニティ意識を形成するところで立ち止まってしまうことだ。
本書は、感情のフックとしてトリックスター的な煽りを使用している感もあるが、吉本氏の仕事に対する正面からの「大衆」かつ「言論人」としての応答といってよいだろう。
【目次】
序章 「吉本隆明って、そんなに偉いんですか?」
第1章 評論という行為
第2章 転向論
第3章 「大衆の原像」論
第4章 『言語にとって美とはなにか』
第5章 『共同幻想論』
第6章 迷走する吉本、老醜の吉本
終章 「吉本隆明って、どこが偉いんですか?」
以上。
【中川康雄(なかがわ・やすお)】
文化批評。表象・メディア論、及びコミュニティ研究。
インディーズメディア「未来回路」主宰。
時々、自宅ブックカフェやってます。
Twitter:insiderivers
個人ブログ:https://insiderivers.com
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