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1.「パブリッシャー」とは誰か

 

本書でも述べられているが、一般的に「パブリッシュ(publish)というと、日本では「出版」と訳され、紙に印刷して発行することを意味する。しかし元々、それは「パブリック(public)にすること」を意味し、紙に印刷することは必ずしもマストではないのだ。

つまり、「パブリッシャー」(publisher)とはメディアの担い手のことである、とも言うことができるだろう。紙媒体か電子媒体に関わらず、発信者は「パブリッシャー」なのである。

あまりビジネス書の類というのは好きではないのだが、本書は面白く読めた。なぜなら、自己啓発とは違う仕方で「パブリッシャー≒メディアの担い手」の原理・原則を示しているからだ。

 

2.メディア環境の全体像と存在理由

 

本書では、一見バラバラのようにも見える今のメディア環境を3つの軸で位置付けすることにより、その全体像を浮かび上がらせている。その3つの軸とは以下のようなものだ。

1.ストック⇔フロー

2.参加性⇔権威性

3.リニア⇔ノンリニア

これらの軸の設定によって、新旧メディアをひとつのパラダイムで眺めることが可能になっている。

メディアの全体像を俯瞰すると、次にその外部との関係、つまり社会の中でのメディアの役割というのが気になってくる。その社会的な機能については、本書では具体的な説明に多くの紙面が割かれている。

そして、著者はメディアの本質的な存在理由について以下の2つに定義し、総括的にみる視点を補強する。

1.情報の縮減機能をもたらす「信頼」。

2.それが生み出す受け手への「影響力」。

つまり、受け手にとって理解しやすいよう調整し整形することと、その結果生まれる変化。それをメディアの本質としているのだ。

そう考えると、この出版不況と呼ばれる時代の中で、情報を掲載する媒体に固執しすぎることは、やはり送り手にとっても受け手にとってもそんなに幸福なことではないように思えてくる。

まず存在理由や役割から考えるはじめること。現在の閉塞感を打開したいと考えるのならば、そんな立ち戻りから1つ1つ基礎を積み上げていくことが必要となるのだろう。

 

3.メディアにおける「信頼」

 

メディア環境が変化していく中で、個人が発行するメディアの位置付けについても言及している。ここでは「株式会社」と「個人」を比較し、その違いについて言及している。そこで展開される著者の主張は明確だ。

有限責任でマネーゲームの「駒」でしかない「株式会社」と、生身の人間がその責任主体となる「個人」。そのどちらを「信頼」するのかという問い。それが現在、個人の発行するメディアが突きつける究極の問いである、というのだ。

確かに、責任主体のあり方というのは、様々な問題が起こると表面化する。そして、結局はその責任の矛先をたらい回しにされてしまうこともある。しかし、その責任こそが「信頼」を担保するものではなかったのか。

そう考えると、今の時代、旧来のメディアが「信頼」されなくなっている理由が分かる気もしてくる。責任を顔の見えない組織に預けることで失っているものもある、ということもいえるのかもしれない。

現在、メディアに必要とされているのは「信頼」されることなのではないだろうか。それが如何にして可能になるのか。これから信頼できるメディアは如何にして成立していくのか。

ネットが情報環境において重要視されるようになって久しいが、まだまだ「信頼」という観点からみると、この社会の中でのメディアの再構築は始まったばかりといえるのだろう。

【中川康雄(なかがわ・やすお)】
文化批評。表象・メディア論、及びコミュニティ研究。
インディーズメディア「未来回路」主宰。
Twitter:insiderivers
個人ブログ:https://insiderivers.com

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